屋上

あいつらよく飯食った後にすぐ動けンな…。

(午後の授業の始まりを告げる鐘が鳴り響く最中、教室へと駆け込んで行く生徒達の流れとは真逆の方向へ堂々と歩を進めて行くひとりの男がいた。食堂にて腹ごしらえも済ませ、迷うことなく辿り着いた先は屋上。暖かな日差しに照らされ、ぽかぽかとした春の陽気は容赦なく眠気を誘ってくる。フェンスへと凭れ掛かり、大きな欠伸を零しつつ携帯を無造作に弄るも、其れも数分で飽きてしまった。ふとグラウンドで体育の授業を行うクラスメイトたちの姿を双眸が捉えれば、暫し見守ろう。次第に、元より鋭い目付きに加えて眉間に皺が寄せられる。)今日陸上やってンのかよ。…こりゃ出ねェで正解だわ。(なんて零しつつ、ごろりと床に寝転がって。穏やかな風が頬を掠めれば、未だ僅かに残る桜の花びらが散る様に目が奪われ、――綺麗だ。なんて柄にも無く思うことだろう。青く澄み渡る空の下、心地よい気候に自然と目蓋を閉じれば、グラウンドで体育の授業に参加するクラスメイトたちの声が遠くから聞こえることだろう。)

そんなん!消化吸収力が半端無いんっッスよ!

(食後の腹ごなしにと軽く体を動かしたまではよかった。小休憩にと木陰に腰を掛けたのが運の尽き。うっかり寝込んでしまい気付いたのはグランドや各教室から聞こえてくる声。慌てて跳ね起きたものの雑談の声が聞こえない様子を感じ、今から教室に行くのはどうも格好悪いと判断したのだろう。小さくため息をつくと人目を忍んで屋上へ向かった)屋上とか行ったことないもんなぁ、こんな時やないと行くことないやろし…いってみたろ!(足取り軽く屋上への階段を駆け上がり勢いよくドアを開け…るくとはなく、そぉっと覗き込むようにドアを開けた)誰もおらん?居らんほうがありがたいけど、おぉお?(床に投げ出されている足を発見し慌てて己の口を両手で覆う)すんません!休んどる人が居るとは思わなんだんで(そろぉっとしゃがみこもうか)

……つまり俺は消化吸収力が半端無く無ェってコトか。

(目蓋は閉じている為、辺りから流れてくる情報と言えば音のみ。相も変わらずグラウンドから聞こえる同級生達の元気な声が飛び交う中、今までには聞こえなかった音に気付くのにそう時間は掛からなかった。屋上特有の、ずっしり重たい鉄の扉が開く音。そっと双眸を開けば視線の先に捉えたのは見知らぬ少年の姿。覗き込むように屋上へと足を踏み入れた相手に、思わず視線も釘付け。此方もじっと相手の様子を窺うのか。)……誰もおるけど。(自身の口元を慌てて隠した相手には眉間に皺を寄せながら「居って悪かったなァ?」なんて低い声音で紡ぐのか。決して怒り等の負の感情は無く、本人曰く冗談のつもりなのだけれどそれが初対面の相手に通じるのか果たして、――)や、別に寝ようと思ってただけだしな。お前が来たところで寝るの止めるワケじゃねーし、フツーに寝るし。だからンな謝んなくていーんじゃね。(しゃがみ込む相手にはぶっきらぼうながらに言葉を投げ掛けるのか。遠まわしに”気にするな”と言うことを伝えたいらしいのだけれど、)…つか、授業中だけど。サボリ?(にやりと、口の端が上がったのは気のせいでは無い筈。寝転がっていた上半身を上げれば、胡坐をかいてその場に座ろうか。)

そんな!!そんなこと…え?消化吸収遅いんッスか?

(しゃがみ込んだ際に口元に添えられていた手は徐々に所在を変え、今やしゃがみ込んだ膝の間に垂れているのだろう。まるで犬のお座りの様に――屋上で居合わせた彼の眉間の変化に一瞬眉を寄せ「違っ…」と言葉をこぼすがすぐさま目を細め口角を上げようか)いやいやいやちょっと待って!この状態でまた寝るとかマジっすか!!ちょ!!えぇー?!ボク放置?!そんな!殺生なぁー!!(寝転んでいるであろう彼に右手を伸ばし、その手を地面に付け項垂れるのだろう。謝らなくて、という言葉に「やー、安眠妨害は重罪っしょ」なんてニカッっと歯を見せる笑みを浮かべながら四つん這いになったと思えばハイハイで彼の元へと近付こうか――上半身を起こし胡坐をかく彼の元へ着けば対面で正座をし)やー嬉し恥ずかしのサボりっす。(後頭部に手を添え肩をすくめて笑おうか。そして左頬に右手の甲を添えこそっと目の前に彼に「…で、おにーさんも?」と問いかけようか、まるで悪代官お伺いを立てる問屋の様にするのだろう。――「あ」と小さく声を上げると姿勢を正し)名乗り遅れました、ボク杵原っちゅいます。名前は叶ちゃん。貴方の願い叶えますっキラッ的な?(某ガンダムアニメを真似るように腰に手を当て反対の手でピースを作り目元に当てる)あ、ちょ…いまコイツアホとか思ったでしょ!!(相手の反応も観ぬ間に慌てて両手で顔を覆うのか)

さあ。…いつも食って寝てるからどーなンだか。

(自身とまるで正反対、表情をころころと変える目の前の彼には何処となく犬を彷彿とさせる。よく近所の犬やら捨て犬やらを執拗に構う習性のある大の動物好き矢吹、生えてもいない耳と尻尾が見えてしまったのならば自ずとそっと手を伸ばし「お手」なんて口にしてみるのだ。)あー、キャンキャンうっせェな。お前は犬か。絶好の昼寝スポットで寝ちゃいけねーって方が殺生だろうがよ。(気怠そうにそう言い放ちながらも一般の男子高校生より一回りは大きいであろう手のひらを、相手の頭に乗せてしまうのは小さな兄弟たちがいる所以だろうか。次いで見せられた笑顔には、)あァその罪は確かに重ェな?どーやって償ってもらうかねェ。(口角を上げながら少々意地悪をしてみよう。彼の正座姿には目を丸くしながら思わず喉を鳴らしながら目を細めて。)なんで恥ずかしいンだよ。つか、正座って。(問いかけられれば首を縦に振りそうになるも一瞬考えれば「…睡眠学習」と、返答も180度の変化を遂げる筈。)杵原の叶ちゃんね。願い?つか何だその宇宙アイドルみてェなポズ。(可愛らしいポーズをとる相手には耐え切れず沸々と笑みを零しながら、ポケットから取り出した携帯でその姿を写真収めてしまうのか。許可無く撮ったであろう写真を液晶に映せば満足気に頷いて、)久し振りにカメラ機能使ったけどいい仕事したわ。…ア、ンで。俺は矢吹千尋。今コイツアホって思う前にさっきからコイツアホって思ってるから安心しろ?(両手で顔を覆った彼の前にそっと先程撮り収めた写真を見せながらニヤリと悪その顔はまるで悪役のようで。)杵原だっけ。お前はもう昼飯食ったの?

な!?食っちゃ寝してたら牛にな…らないみたいッスね。

(「お手」と手を出されたら無意識に右手を猫の手で差し出してしまうのは幼い頃から多頭飼いしている犬を見ているためだろう―もはや条件反射の域かもしれないようで―反応をしてしまった事実にハッとすれば顔を赤らめ頭を垂れるのだろう)…や、やってもぉたぁ。つかボク犬ちゃうしぃ…。(頭を垂れたまま呟くが放たれた言葉には納得したように面を上げれば「そらそうっスね」と頷こうか。己の頭部に伸びた手は抵抗もなく受け入れるのだろう)うお、なんか懐いッスわ。にいちゃ…兄貴みたい。(少し照れ笑いを浮かべながら呟くのだろう。口角を上げる様を見れば同調するが徐々に不安げな表情に変わり)そうそう、めっちゃ重罪ッス…よ。つ、償い?!どないしましょ?「つぐない」歌いましょか?さピーまさし?テレまるテン?どっち歌いましょ?(マイクを握ったつもりで両手を胸の前で組み合わせおろおろとするのだろう。――目を細められたのならきょとんとして小首をかしげようか)んーそら、ザ!初サボりなもんで。緊張でどきどきわくわくな訳ですわ。(へラッと笑えばまさかの回答に目を白黒させるのだろう)す、睡眠学習!?それガチムチにボク邪魔してますやん!!…ま、ボクは気にしいひんけど!(悪びれる様子もなく「ボクは」を強調しつつ手をひらつかせよう。ポーズを笑われたのならさらに恥ずかしさが増したのか顔を覆ったまま左右に頭を振ろうか)って!ちょ!!今!!シャッター音!!肖像権!!ぐはぁ―!!(顔を覆ったまま転がり瀕死の害虫の様にぴくぴくしているようだ。指の隙間から彼が向ける液晶をのぞき見しながら)マジっすか!!そんな前からボクアホや思われとったんすか…(肩を落としつつ座り直し)矢吹千尋サンっすね。把握…。かっこ、若干いじめっ子(ぼそぼそと呟きながら彼からの問いには親指を立て)ばっちり!!おかげで寝過ごしました!!

凍結