生徒玄関前

桜の満開、ずうっと見られたらいいのに。

(下校を告げる鐘、共に現れたのは申し訳無さ気な顔したクラスメイト。両手合わせゴメン、と言われ浮かべたのはいつもの微笑で。足早に教室を後にする級友を見送ればさて、引き受けた掃除当番の仕事を果たすべく生徒玄関前へと向かおうか。横の物置から箒を手に、他の当番の子と他愛も無い世間話しつつ先日出来た水たまりを避けるように塵を掃き――気付けばその地面に、数枚の桜の花びら。ふと空を仰いでみれば、)……あら、桜。知らなかったわ、こんなに満開だったのね。(その威風堂々たる姿に自然と笑みこぼれながらぼんやりと魅入る。次いで「もしかしてココ、穴場の観光スポットかも」なんて嬉々として呟いた辺り、ともすれば通行の邪魔になっているかもしれないという思慮は完全に放置されている様子。)

ずうっと春だったらいいのかしらねぇ。

(あらぁ。そんな声が小さく零れた。確か今日の掃除当番は彼女ではなかったような気がするけれど、と首を傾げる。珍しく帰る間際に図書館へ立ち寄っていた峯藤は玄関前で立ち尽くしている彼女の姿に目を瞬かせた。図体の大きな峯藤はよく目立つのだろう、他のクラスメイトに声を掛けられればにこやかにそれへ返事をして、そうして箒を手に立ち尽くす彼女のすぐ背後へと歩み寄り)桜、綺麗よねぇ。(果たして彼女は驚くだろうか、驚かせるつもりはないようで呑気にそう、この年頃の少女にしては随分と高い位置から声をかけた。そんな話をしている合間にもひらひらと桜の花びらは地に落ち、白茶のそこを薄桃に染めていく。「桜の花びらってちょっとおいしそうな色してるわよねぇ」なんて花びらを見つめながら呟いた言葉は果たして彼女の耳に入ってしまっただろうか、)

それもそれで花粉症とか困っちゃうかも。お花見はしたいけど…

ええ、とっても。(その声に頬を緩ませて返答するも、数秒の沈黙の後にはっとする。)……峯藤さん、?(掛けられた声に振り向く動作は緩慢だった。不意にしては余りにも違和感の無いのんびりとした物言いだったからか、あるいは見とれていたからかは定かではない。そして彼女を見上げてその顔と名前の一致を確かめるように出た声もまた疑問系であった。)えっと、…お、おいしそうな色?(自分が何か言葉を紡ぐ前にそっと彼女が口を動かした。オウム返しにまた疑問符が付いてしまったけれど、再び桜へと目線を遣り)…そうね、春になると桜味なんて出るくらいだものね。あ、でも本物の桜の花びらは青くさい味がするって、近所の男の子が言ってたわ。本当に食べたのかしらね。(穏やかな語りは彼女のロマンを砕いてしまったか、しかし、あどけない少年の行動を想像してはくすりと微笑みがこぼれてしまう。)

花粉症を一発で治すお薬ってまだ出来ないのかしらねぇ。

そうよぉ、覚えててもらえてよかったぁ。私よく名前なんだっけって言われちゃうのよねぇ。(くすくすと小さく零れる笑いは紡ぐ言葉に反してそう困ったようでも悲しんでいるようでもないらしく、疑問符を付けて彼女の口から出てきた自らの苗字に首を縦に振り)あらぁ…桜って美味しくないのねぇ。桜餅なんかは桜色で、とっても甘くておいしい物だから桜も甘いのかしらなんて思ってたのだけれど…。男の子だったら食べちゃっててもおかしくはないわねぇ。(呑気な言葉でしみじみと。ひらひらと舞い落ちてくる桜を手のひらで受け止めながら、白に近い桃色のそれをまじまじと見つめた。指先で摘まみ上げれば酷く脆く薄っぺらく見える花びらへ、本当に食べるつもりではないだろうけれど大きく開いた口を近づけて)