(ほら、さっさと行きなさい――何年経っても締りのない能天気な双子の片割れの背を押して校門まで見送る男はダークブルーのインナーに黒いジャケット、同色の細身のジーンズと私服姿。待機していたマネージャーに「お疲れ様です、三条さん。私は放課後に事務所へ行きますので、ココを宜しく頼みます」と挨拶がてら先に撮影が入っている妹を預けて。二人が車に乗り込み走り去るまでを見届ければ軽く息を吐いた)さて、教室に戻るとしますか。昼食は学食か購買か……っと、すいません(昼休みと言う事もあってか割りと生徒の行き交いが多い校門や生徒用の玄関周辺、振り返って僅かばかり足を踏み出したその時に肩が何かにぶつかった。すぐ視線を向ければ相手の姿が濃い灰青の瞳に映る事となるだろう。反射的に謝罪を述べてから頭を下げればシルバーリングの通されたネックレスと鮮やかな海色の髪が揺れた)
(今日は学食でも購買でもない気分だった。4限目が自習だったのを良いことに教師の目をくぐりこっそり学校を抜け出して。向かったのは細い道を1本入ったところにある定食屋、殆ど知られていないだろうがここは弁当も販売しており後藤も度々お世話になっているのである。――弁当買えば様子を伺いながら学校へ戻り行きかう生徒に紛れて校門を潜った、と何かに身体がぶつかった。反射的に振り向いてそれが男子生徒だと知るとこちらも「私の方こそごめんなさい。」と小さく頭を下げた。)
(軽く視線を下げた先には見知らぬ女子生徒、少なくとも同学年の記憶はない。自分と同じように謝罪が返ってくれば、いえ――と軽く頭を振って青髪を揺らした)少々余所見をしていました、申し訳ない。お怪我はありませんか、お嬢さん。(腰を折って僅かばかり屈みながら彼女の顔を覗き込み淡く薄らと微笑んで問い掛ける。そして校門と相手の手荷物を順に見やって)学園の外でお買い物をされていたのですか?…ですが、お帰りがやけに早いですね。昼休みに入ったばかりだと言うのに(午前の授業を終えすぐに妹を此処まで連れ見送った、時間で言えば10分掛かっていない。昼休みの開始と共に外へ出ているとするならば彼女の帰りは些か早過ぎる気がした。少々悪戯に口許を緩ませ顎に右手を添えれば小さく首を傾け)授業中に脱け出していらしたのですか?
(顔をあげると視界に入ってきた青。その特徴的な髪色や日本人は慣れしたルックスはどこかで見たことがあるような気がしたがすぐには思い出せなかった、だがとりあえず会話をするのは初めてで間違いないなと。)いや…大丈夫です。(『お嬢さん』などという言葉を使ったりそのような所作をするような人間は後藤の周りにはいない、言葉は普通に返したものの訝しげな表情は隠しきれていないだろう。そして続けられた言葉には悪びれる様子もなく答えるのか。)そうだけど?4限目自習だったし課題は終わらせてあるし。(勿論悪い事だという事は理解しているしそれなりに生活態度はまじめな方ではあるのだが、時々はこうした校則違反をする後藤。教師ならともかく同じ生徒に言われても動じることなく。悪戯な表情へはくすりと笑みを一つ返し。「ここのお弁当おいしいのよ。」なんて付け加えた。)
(妹とほぼ同じ目線、女性にしては高めに入るであろう少女の無事を確認すれば小さく笑みを浮かべながら自らの胸に片手を添えて安堵の意を示す)それは何より。――嗚呼、そのような顔をされずとも他意はありませんよ。私、元よりこんな調子なものでしてね(怪訝そうな彼女の表情を指摘しながらクツリと喉を鳴らす。更に堂々と自らの状況を説明する姿に一瞬きょとんと濃く深い灰青の瞳を丸めた後、軽く頭を振ってから可笑しそうに口許を綻ばせ)あははっ、お尋ねはしましたが君の行動に対して咎める気はないのでご心配なく。私はただの生徒ですからね、そんな権利も義務もありません(少女の行動に納得がいった事で犬神は既に満足なのかケロリとした調子で返す。ふと笑みを漏らした彼女の言葉には視線を手荷物へと落とし)おや、昼食の決まっていない私にとっては羨ましい限りですね。お弁当屋さんですか?コンビニの物ではなさそうですけれど。
(小さな笑みも胸に片手を添える仕草も慣れない後藤にとってはどう対応してよいかわからず、かと言って愛想が良いわけではない自分では笑顔でかわすことも出来ず。失礼なのはわかっているのだが怪訝な表情を浮かべるしかなかった。)そうなんですか…なんか私の方がごめんなさい。(それは自分の態度に対する謝罪、他意がないとないとわかれば相手の個性として受け入れよう。きょとんとした表情の後に笑いだした相手には意味がわからず僅かに眉間に皺を寄せ。――どうやら受け入れると決めた割には警戒が解けていないようだが。続いた言葉でその態度に納得がいきようやく表情和らげた。)…ありがとうございます。ちょっと安心した。悪いのは解ってるけど怒られたくはないから。(などとそれこそ教師が聞いたら怒るだろうが目の前の相手はそんなことはしないだろうと。彼の視線が己の手元に移ったことに気づけば少しばかり思案して。)そこの定食屋さんのです。行きます?…あ、でもあんまり知られたくないから他の人には教えないで。(なんて後藤にしては珍しいが今日はそんな気分だったのだ。)
(相変わらず表情の芳しくない少女。その態度に腹を立てるでもなければ気分を害すでもなく、犬神は全く気にした様子もないまま。逆に彼女から謝罪が聞こえると不思議そうにゆるり首を傾けて)いえ、謝って頂く必要はありませんよ。それが本来の君なのでしょう?初対面の相手に対するお嬢さんの反応は極普通だと思います。気にしない、気にしない(こちらもこちらで変わらず、若干おどけた風に笑いながら片手をヒラヒラ揺らすのだろう。笑いが収束した頃には警戒の色が僅かばかり緩和され、少女の表情にも柔らかさ見受けられる。それを捉える男の深い灰青も自然と細まり)ふふ、私も怒られるのは嫌いです。なので目に見えての悪さはしないように心掛けています(クスっと悪戯に笑みを浮かべる口許の前に立てた人差し指を当てて)ナルホド、定食屋さん………おや、宜しいのですか?お言葉に甘えて良いのでしたら是非。…ん?――嗚呼、了解しました。私も自分が足を運ぶ先は余り知られたくないものでして。ちゃんと秘密にしておきますよ(彼女の有難い提案に頷きつつ、続いた言葉には薬指を差出し「指切りします?」なんて茶目っ気たっぷりに笑顔を見せた)
(小首傾げる相手は後藤の態度に気分を害した様子もなく。それはとてもありがたい事だ、その言葉にホッとする。少し肩の力が抜けて無意識に微笑むのか。)じゃあ、ありがとうかな。そう言ってもらえると結構嬉しい。私よく愛想ないって言われるし、そういう自覚もあるから。(彼の言葉はどうも直球すぎる、嫌なわけではないがどうもくすぐったい…と思っているのだが何故かそれに少々引き摺られているようだ。)やっぱり誰もそうですよね。目に見えないって…私時々ばれるんだよね。(先日教師に見つかったことを思い出して苦笑浮かべた。)自分で言ったんだから勿論。あまり知られたくない?…あ。ううん、何でもない。(何かを思い出したようだが自信がないようで首を振って誤魔化して。指を差し出されれば「え、」と驚いて目を見開き一瞬動き止まるのか。)
ようやっと強張りが薄れてきた少女の反応に小さく笑って「どう致しまして。」と返す。無意識下なのか、先程と違い自然と笑んでいるように感じられる彼女と視線の高さを合わせ)愛想については正直何とも。まだ君をよく知りませんので……でも、さっきより今の表情の方が素敵ですよ(歳よりは無邪気で幼い笑顔をにっこり浮かべ「はい、スマーイル!」なんて告げ少女の頭をポンと一度だけ軽く叩こうか)…怒られるのが好きとか、もうそれただのMでしょう。諸先生方の信頼をもぎ取れば此方に注意が向かなくなりますよ、まさに盲目の信頼と言うやつですね(悪戯な笑みを口許に描きながらあっさりと口にして)ええ、知られても私個人は構わないのですが…。職業柄と言うか立場上、店や周りのご迷惑になる可能性がゼロとは言い切れないものでして。(首を振った彼女とは反対に別段気にした風もなく疑問に答えるのだが、大きな瞳が驚きを示す様子にはゆるり首を傾げ)約束と言えば指切りかな、と。――まあ、妹の所為で幼い頃から今に至るまで習慣付いてしまったのですけれど。(若干複雑な表情を浮かべながらも小指は差し出したまま)
(己と視線の高さを合わせるようにした相手に不思議そうに首を傾げて。しかし目線は逸らせずにいた。)そうなの?割と初対面でもそう言われること多いから。…え?(その言葉の後ににっこりとした笑みを向けられれば少々照れたような表情を浮かべ――と頭を軽く叩かれれば予想外の行動に目を瞬かせて。)それもそうですね。信頼かぁ…そこまで目を付けられてるとは思わないけど私の場合はやっぱりそれなりに、ってところなのかも。見習わなきゃ(相手と同じようにくすりと悪戯な笑みを浮かべて。)職業柄…あの、間違ってたら失礼なんだけど、貴方「みこ?……さん?」(と最初にどこかで見たことがあるような気がしたがようやく思い出した。アイドルにはあまり親しみがないから詳しくはわからないがいつだったか雑誌で見かけたような気がする。「さん、」と付け足したことには深い意味はなくなんとなくだった。)あ…そうなんだ。えっと…(その言葉に納得がいって。おずおずと自身の小指を相手のそれに絡めた。)
ぎこちないのと素直な反応をされる方だとは思いますけれど、愛想がないとは感じませんよ。愛想がない人間でしたら既に会話を終わらせて校舎内へ戻られているでしょうし。(不思議そうな少女とは対照的に、つらつらと自らの感想を述べるのだが照れたり驚いたりと表情の変化を見せる相手の反応には満足そうに笑んだ。今度はふわっと彼女の頭を撫でれば「うん、良い反応です。」なんて少し悪戯に告げるのだ)どんな形であれ、誰であれ、信頼を築くのは悪くありません。私の場合は打算もありますので見習うのは止した方が宜しいと思いますがね。それに諸先生方からすれば君くらいの生徒さんの方が断然可愛いでしょう。(手の掛かる子ほど可愛い――それが目の前の少女に該当するかは分からないが少なくとも自分よりは遥かにそう思える。率直な言葉を零すも彼女から仕事上よく聞き慣れた呼称が響けば隠すでもなく頷いて愛嬌たっぷりに微笑んだ)ええ、みこさんです。発音を間違えると巫女さんになるのが難点ですが……改めまして、犬神尊と申します。ちなみに妹共々雛ノ森の三年です。お嬢さんのお名前も伺って宜しいですか?(絡んだ細い小指を確認すると口許を微かに緩ませながら軽く上下に揺らそう。ゆっくり解いた後は「それではご案内お願い致します。」そう少女の隣に並び頼んで)
ぎこちないは自覚確かにあるけど、素直かぁ…そういうの言われ慣れないから変な感じ。あ、でも確かに言われてみると話し続けるだけの愛想はあるのか、私。(なんて最初は苦笑しながら、後半は少々ふざけながら小さく笑いつつそう言って。頭撫でられれば驚きこそすれあまり悪い気はしなかったのだろう、口元緩めてされるがままに。)そうですよね、信頼関係成り立たないと駄目な事って多いし。でも、打算も多少は必要だと思う。だってきっと世の中そこまで甘くないでしょ?先生から見たらもっと真面目でしっかりしてるような子の方が可愛いんじゃないの?(反論したいわけではないがそう返してしまうのは人生経験の少なさからか。――自分が先にさん付けで呼んだのだがそう返されるとなんだか可笑しくて、くすくすとした笑いを隠せぬままに。己の名前を問われる頃にはそれも落ち着いて表情柔らかいまま自己紹介を。)後藤ゆりあ、2年。えっと…犬神さんって呼べば良い?みこ、って呼ぶのはプライベートだしあれでしょ?(「みこ」という呼び名は恐らく本名から来ているのだろうけれど、学校は仕事場ではなくプライベートな空間のはずだ。そこは区別した方が良いのではという後藤なりの気遣いなのだが上手くそれを表現できずに。絡んだ小指が解ければ、彼を誘導するように校外へ出て。校門前の通りから脇道に逸れて数分歩けば目的地に着くのだろう。)