食堂

(賑やかな昼休みの食堂、空いている席はあまりないようで―)

(普段なら友人たちと過ごす昼休みだが、今日の彼女たちは委員会だ彼氏だとかと忙しいようで。仕方なく一人で空席を探し。運よく向かいも両隣りも空いている席を見つければ、ファッション誌を捲りながらの昼食。)あ、このスカートいいな。あのカットソーと合わせれば良いかも…あ、こっちのパンツとこのページのを合わせても良いかもな(などと誰も聞いていないだろうと独り言を言いながら、気になったページに付箋を貼って。)

なに、今時流行りのぼっち飯?

(午前の授業を終わりを告げる鐘が鳴り響けば、お腹を空かせた学生たちがこぞって食堂へと集い友人らと談笑しながら食事を進めている。周囲から頭一つ分飛び出しているこの長身男は大欠伸をしながら人混みを物ともせず、毎日食べているであろう定番のカレーうどんを今日も頼むことだろう。トレイに乗せられた其れの匂いが鼻腔を擽れば、更に食欲をそそられる。普段から混雑している食堂ではあるが今日は一段と賑わっている様子。さて空いている席を探さねばと双眸を巡らせれば、ふと目に付いた空席には迷うことなく歩を進めよう。周囲がグループで固められている中、自身の隣になるであろう彼女の独り言が耳へと届き――)お前、独り言丸聞こえな。…あと隣って誰か来ンの?(なんて決して顔見知りではない相手へと大変失礼極まりない言葉を投げ掛けては、答えが返ってくる前には腰掛けよう。いただきます、と見た目に相応しくない丁寧な手合わせをしては空腹を満たすべく箸を進めるのか、―)

今日はたまたまですよ。たまたま。それに貴方こそ。

(昼休みだ。昼食がメインの筈だったのだが、サラダをつつく手が時折止まる程度には雑誌に気持ちが向いていて。そんな時に聞こえてきた声、いくらなんでもそれが自分宛だと気付かないほどではない。目線は雑誌に落としたまま面倒くさそうに言葉を返した。)空いてますからどうぞー。(相手が隣りに座る音を聞き流しながら、ページを捲ろうとして―気付いた。)え、ちょっと、聞かないでくださいよ。(パッと顔をあげて隣りを見れば、自分が悪いことを棚に上げてそんなことを。羞恥の為か、ほんのりと頬が朱に染まっている。別に相手を責めようというわけではないのだが、恥ずかしく思う気持ちがそう言わせてしまって。勿論相手にそんなことが伝わる訳はないのはわかっているし、言ってしまったのもただの勢いで。でもすぐに気持ちは落ち着いて―)……ごめんなさい。(彼には全く落ち度がないにも関わらず勝手に騒いだ事、そして勝手に落ち着いたこと。両方にに謝罪を―)

へぇ、たまたま、ね。俺はまず男同士で群れる気はねぇし。

尋ねた相手の視線が此方へと向くことが無ければ、此方の双眸もまた、目の前の彼女ではなく出来たてのカレーうどんへと向けられているのだろう。)そりゃどーも?ンじゃ失礼、(なんて紡ぐ頃にはカレーとうどんがよく混ざり合ってる頃かもしれない。あまり感情を表さない矢吹だが、毎日食しているその味は変わりなく美味である為、ほんの僅かに口元を緩めるのか。――ちら、と相手を一瞥すれば目の前にあるのはサラダと雑誌のみ。自身は対照的に”大食い”と言わんばかりの食欲を持ち合わせている故、大変理解に苦しむのだろう。眉を顰めながら「随分と少食なんだな」とぽつり呟ききながらも食を進める手は止まることなく。途端に此方へと向けられた顔には思わず手を止め、じっと相手の顔を見遣れば、ほんのりと紅い頬に気が付くのか。次いですぐ謝罪の言葉が返ってくれば、初対面ではあるものの何となく心境を察することが出来よう。)気にすんな。…まァ、俺も勝手に独り言聞いて悪かったよ。(くつりと喉を鳴らせば、そう不器用ながらに紡ぐのか。相席したのも何かの縁だろうか、「名前なんてーの?」なんてうどんを啜りながら問おう。)

友達忙しいみたいなのよね。それって個人主義ってやつ?

(隣りから香ってくるカレーの匂い、食欲を刺激されるそれが気になった。頭の片隅で明日はカレーにしようか、なんて思いながらも先日測った体重をを思い出して心は揺れる。普段は普通の一人前を食べているところをサラダだけで済ませているのだから、余計にそう思うのかもしれない。耳に入った呟かれた声に「だって体重が、」なんて相手に聞こえるか聞こえないかの声の大きさで返すのか。―食べる手を止めこちらを見る彼に人柄の良さを感じて、無意識に頬を緩めた。)ありがとう。(その後に続いた言葉に、開いていた雑誌を閉じて。食事を再開した彼に合わせるように、自分もフォークを動かしながら答えた。)後藤ゆりあ。私も名前聞いて良い?これも何かの縁だし。それに有難かったから名前覚えておきたい。(端的に。そっけなく言うその様子は可愛のないと思われるだろう。しかし初対面の相手に愛想を振舞えるほど社交的ではないのだ。まぁ、それで彼に何を思われようと別に構わない。でも自分は彼に感謝をしている事だけは伝われば嬉しいな、なんて。少々自己中心的かもしれないが。)

で、お前は暇なの?そーそ、自由を尊重します的な。

(ぽつりと小さく聞こえた言葉は、恐らく隣に座る彼女の声。その言葉の意味を理解するまでには相当な時間を費やしたらしい、すこし間を置いてから「………は?」なんて漸く反応する頃には目をまあるく見開いて。見るからに際立つスタイルの良さは周囲と比べるまでもない。完璧なモデル体型と比喩されるであろう彼女の全身、頭からつま先までまじまじと眺めれば、「…贅沢なヤツだな。お前十分細いだろ、寧ろもっと食え?」なんて苦言を漏らすことだろう。)服?(閉じられた本へと視線を落とせば、幾つかの付箋に目が行くのだろう。先程まで彼女が独り言を呟きながら見ていた其れか。)矢吹千尋。…有り難かった、って何もしてねェけどな。(なんて疑問に思いつつもあまり深くは考えない矢吹、すぐにまぁいいかと言う結論に至るのだろう。しかし彼女から感謝されたこと自体に悪い気はしないのだろう、口角が僅かに上げて。そろそろカレーうどんも食べ終わる頃、余すことなくカレーのスープまで飲み干せば満足気に皿と箸を置いて。気怠げに椅子へと凭れ掛かれば、決して良くはない目付きの双眸はサラダを食す彼女へと向けられるのだろう。)後藤、デザート買ってきて。(なんて大変失礼極まりない言葉を紡ぎながらも財布を差し出しながら、それはもう平然とした態度で――)

暇ですよ。悪い?なんか矢吹くんって自由人って感じよね。

(反応がないから聞こえていないのかと思った。暫くして返ってきたきた声に、己の呟きは相手に聞こえていたらしいと気付いて。しかしその反応は男性だからだろうか?同性なら体重を気にする心理も理解してくれよう。見られる事には抵抗がないが、彼の視線はどういう意味だろうと。そして続いた言葉に意味を理解して。「気を抜いたらその分太る。まぁ、自分でも標準よりは細いと思ってるけど、この体型維持したいし。」とストイックさを見せるのか。―彼の視線が本へ向いたことに気付いたが、正直彼の関心がそこに向くとは思わなかった。)うん。私センスないからこういうので勉強しないといけないと思って。(少々驚きながらもそんな風に返して。)…その態度がって事。(単に疑問に思っているだけなのか、はぐらかしているのか―恐らく前者だとは思うけれど。彼が箸を置くのに遅れて自分も食べ終えれば向けられた視線に「何?」と。続けられた言葉と態度に一瞬呆れたような顔をするものの、すぐにそれは苦笑に変わり。しかしその目元は柔らかく嫌がっていないことは明らかで。差し出された財布を受け取りながら立ち上がった。)仕方ないな。何が良いの?(そう問えば自分も財布を取り出して「私ももうちょっと食べよ。カレーうどんは反則」なんて冗談交じりに言いながら、彼の返答を待って一度席を離れるのか。)

悪かねェよ俺もだし。お前は自由じゃねェの?

(相手の苦悩が理解出来ないのはいわゆる男女の性と呼ばれるものなのだろうか。はたまた運良く今まで自分自身も申し分ないスタイルで過ごしてきた故に気付かないのかもしれない。相手をまじまじと見遣り、頬杖をつきながら「維持、ねェ?細くて何の得があんのか俺にゃわかンねーけど。」と眉間に寄せられた皺が元に戻ることは無いのか。)へぇ、勉強ね。エライじゃん。(ファッションに関しては全く―というほどでも無いが、あまり関心の無い矢吹である。そのような雑誌には無縁に近い。付箋の沢山付いた其れを指差せば「ちょい見して」なんてほんの僅かの興味を示そう。――大変理不尽な頼み事には呆れたような色を帯びた表情を浮かべたものの、快い返事には「サンキュ」と続けて。)ンじゃ、…プリン2つ。(自身の財布が相手の手へ行き渡ったのを確認すれば「よろしく」なんてひらりと手を翻して。次いで紡がれた相手の言葉にはくつりと喉を鳴らして、)そら悪ィな。食堂のカレーうどんはうめーぞ。今度食ってみ。(口元を緩めながら席を離れていく彼女の背中を見送って。)

だと思った。自由な方だとは思うけど、付き合いとかもあるしね。

(もしかしたら男性の場合は太りすぎとか痩せすぎな人位しかスタイルなんて気にしないのかもしれない。見たところ彼はスポーツマンとでも言うのだろうか?服の上からでもわかる、程よく付いた筋肉にそれに見合った身長。見る限り体型を気にする必要はなさそうだし、そもそもそんなものには興味自体がないのだろう。眉間に寄せられた皺は後藤の考えが理解出来ないと言っているように見えた。「損得って言うよりも将来の為、かな。」己の目標を今一度思い出して、一瞬瞳が真剣なものになった。)ありがと。最初は難しかったけどやり始めると結構楽しいのよね。(なんて本当に楽しいのだろう、くすりと笑いながらそう言って。興味を示されれば不思議そうな顔しながらも手渡して。「当たり前だけど女物よ?」と言うのは普通彼が興味を持つとしたら男性向けのものなのではないかと思ったからだ。―普段だったら今の彼の態度に苛立ちを覚えるだろう。しかしそう思わなかったのは先程感じた彼の人柄の良さ故か。そして言葉には「ん。」と何ともそっけない返事を。)プリンね。じゃあちょっと行ってくる。(振られた手には頷きで返し。「悪いなんて思ってないくせに。…多分明日食べてる気がする。」なんてくすくす笑いながらカウンターへ向かった。―暫くして帰ってきた後藤の手にはトレイ。その上には注文通りプリンが2つと自分用に買った鶏肉と筍の煮物、そしてペットボトルのお茶が1本。席に着けば煮物の器を取り上げてからトレイごと彼の前へ滑らせて。)お茶あげる。(と彼から視線逸らしながらそっけなく言うなり箸を持ち上げて。先程とは打って変わって黙々と食べ始めたその態度は疑問は受け付けない、とでも言いたげだ。)

おい。…付き合いねー、よくンな面倒なこと出来んな。

(彼女の言葉から紡がれた”将来”と言う言葉には、自身が全くもって先への道筋を立てていない分興味があるのか。真剣な表情を浮かべる相手の顔をじっと凝視しながら「将来?」と問うてみよう。)ふーん…スゲーじゃん。で、後藤は普段どんなん着ンの?(笑みを浮かべる相手にはこちらもつられるように表情を和らげ、手渡された雑誌をぱらぱらと捲りながら「…ンなことわかってるっつーの、俺は変態かよ」なんて冗談交じりに答えつつ。一切縁の見出せない女物の洋服が並ぶページへと視線を落とそう。――そっけない返答が飛んできたものの彼女の人柄の良さはほんの僅かな会話の中からも感じることが出来たようで、さして気に留めることもなく。次いだ言葉には「思ってる思ってる、…多分。おう、食え。そして肥えろ。」なんて冗談交じりに笑いを含有しながら告げよう。暫くして席へと戻ってきた相手には「おけーり」と淡白に一言。渡されたトレイに置かれている頼んだ覚えの無いペットボトルのお茶には「後藤のくせに気ィ利くじゃん」と彼女の厚意を有り難く受け取ろう。黙々と食べ始める相手の様子にくつりと喉を鳴らせば、プリンを1つ彼女の前へと差し出して。)おら、食え。ぜってー残すなよ。(なんて此方も此方とてぶっきらぼうな口振りであるも、不器用な矢吹なりの感謝の気持ちなのだろう。滅多にこのようなことはしない故に本人もほんの少し照れ臭いよう――勿論、顔には一切出さないのだろうけれど。)結局俺が得してんじゃねぇか。(呆れながらにひとつ溜息を零すも、今の言葉には相手を非難する意は特に含まれていない。唇の弧は椀型の半月を保たれたまま、「それも美味そうじゃん」なんて煮物を一瞥しながら自身のプリンを食べ始めよう。)

ごめん、ごめん。まぁ、メリットもあるしね。

(己の将来。自分の中ではこうすると決まっているそれは周囲から反対されることや笑われることが殆どだ。後藤さんなら…と明らかなお世辞を言われることも多い。それでも周囲に隠していたら余計に遠のく気がしていつの頃からか隠すことを辞めた。軽い世間話のように聞かれるのではなく顔を凝視されるとは思わなかったが、臆することなく「モデルになるの。」と彼の視線を真正面から捉えてそう言うのだ。)そうだなぁ…こういう雰囲気のとか。(と横から雑誌を覗きこみながら、グレーのニットに白地に黒のストライプ柄スカート、カーキのトレンチコートを着た写真を指差して。続いた言葉には「あはは、ごめん。」とくすくすと笑いながら軽い口調で。人見知りの後藤、そのリラックスした表情はとても初対面の相手と話しているとは思えないものだった。――自分の態度がとても愛想が良いとは言えない自覚はある、しかしそれを気にも留めない様子の彼はとても話しやすい。「多分って何よ。食べるけど肥えないようにする。」と冗談には冗談を。――一方的に押し付けたペットボトル。何も聞かれなかった事に安心しながら「まあね。」と器に視線向けたまま。これで表情や心情を彼に悟られないようにしているつもりらしい。しかし差し出されたプリンには流石に顔をあげ。きょとんとした表情で見上げた後にまじまじとその顔を見て。)…矢吹くんって絶対隠れファンとかいる。(思ったがままに言ってからお礼を言っていないことに気づき「ごめん、ありがと。ちゃんと食べるよ。」と。続いた言葉には恐らく深い意味はないのだろう、溜息は聞き流すことにして「食べる?美味しいよ。」なんて深く考えもせずに普段親しい友人に言う時と変わらない調子でそんな言葉を。)

…許さんわ。メリットっつーと?

(頬杖をつけば相手の言葉へと耳を傾けよう、視線は真っ直ぐ此方へと注がれている。そんな視線を逸らさずにしっかりと捉えれば、紡がれた返答には「へぇ、いいじゃん。後藤ならなれるだろ。」と口元を緩めて。白黒はっきりとしている男故に世辞等の気の利くようなことも言える筈が無いわけで――そう、ただ思ったことを口にしただけであろう。)やっぱ見てもわかンんねーわ…、(指差された衣服へとひとつずつ双眸が追うも、徐々に矢吹の眉間には皺が寄せられるだけ。ただでさえ洒落に興味が無いばかりに更に女物と来れば頭には疑問符しか浮かばないだろう、挙句「今度お前が着て見せろよ」なんて注文をするのか。――対人関係と言えば良くも悪くも、”無”という言葉が当てはまる矢吹にとってこれほど人と関わること自体久しぶりなのだろう。よく喋る同級生でさえここまで矢吹も会話が弾むことが無いのだけれど、彼女とは波長が合うようで「正直、肥えた後藤も見てみてェけど。」なんて冗談を紡ぐその表情はとても穏やかなものだろう。もらったばかりのペットボトルの蓋を開ければ早速お茶を口にして、プリンを受け取った相手と視線がぶつかれば、相手の言葉に思わず口内に含んだお茶も噴出す寸前で――)っぶ、隠…?!ンだ、それ…?…や、ねーだろ。(お礼を紡ぐ相手には多少なりとも照れ臭さが否めないのだろう、そっけなくも「ん、」と返事をして。相手の提案には思わず揺らぎ掛けていた食欲心も擽られて、「食う。」と短く返答しようか。)

とか言って許しちゃうでしょ?一番は情報交換できることかな。

(頬杖つきながらも相手がしっかりと自分の言葉を聞こうとしていることが感じられて。そして返ってきた言葉、似たような台詞は何度も聞いてきたがそれには大抵嘲りが含まれていた。しかし口元緩める彼からはそんなものは感じられず、言葉通りの意味しかないように思えた。そんな反応は久しぶりだったせいなのか捉えられた視線のせいなのか嬉しそうに微笑みながらも珍しく照れた様子で「うん、ありがと。矢吹くんは?将来とか考えてないの?」なんて話題を逸らしてみるのか。)まぁ、これだけじゃイメージしにくいよね。(指差した場所を彼の視線が追うに伴って増える眉間の皺。困っているのか理解に苦しんでいるのかその険しい表情にフォローをしたつもりで。失礼ながらも内心では可愛いなと思っている後藤、その言葉がきちんとフォローになっているのか定かではないけれど。続いた言葉には「週末春物買いに行こうと思ってるから、そしたらね」なんてすましてみせた。――男嫌いと言うわけではないからそれなりに話す男友達もいるし過去には好きになった男性もいる。しかし彼は今まで関わってきた異性誰よりも彼は話しやすいななんて。「肥えてた頃の写真持ってこようか?15年位前の。」とふざけて続ける後藤の表情もまた、とても穏やかで。――時折突拍子ないことを言い出すことがある後藤だが本人にその自覚はない。何も考えず言葉にしたは良いが己の予想以上に彼は驚いたようで。そこまで驚かなくても、と不思議そうにしつつ貰ったプリンの蓋を指で軽くたたきながら。)だってこんなこと出来る人中々いないと思うよ?しかも矢吹くん不器用そうだから、そういう人がやると余計にギャップとかあるし。(「こういうのギャップ萌えって言うんだっけ?」と相手の心情などお構いなしに首を傾げてみせて。食べるとの答えに器を渡せば「全部食べちゃっても良いよ。」と自分は貰ったプリンの蓋を開けながら言うのだ。)

ナイナイ。情報交換ねー、…欲しい情報が無ェわ。

(自身の言葉を耳にし、彼女の表情に変化が起きれば此方までつられるように表情を柔らげるのだろう。お礼を言われたことには少し驚いたようで、僅かに双眸を見開きながらも「や、思ったコト言っただけだけど」なんて不思議そうに小首を傾げて。次いで投げ掛けられた問いには「んー…」なんて唸りながら目を瞑り、暫しの間が空くのか。その瞳は開かれるのに時間は掛からなかったのだけれど、時間を費やしたにも関わらず開口一番は、)特に無ェ。(―である。さて、雑誌を覗き込むしかめっ面は、隣で彼女が何を思っているかなど全くもって露知らず。彼女の口から紡がれた言葉には「ン、楽しみにしてる。」と漸く不慣れな世界から解き放たれたかのようにほっと胸を撫で下ろすのだろう。そして密かに、彼女のコーディネートを見れることを楽しみにしているのか。)ガキじゃねェか。…まァ、ちょっと見てみてェけど?(なんてくつりと喉を鳴らしながら茶化しては。予想だにしてもいない相手の発言には開いた口も塞がらず、相手の指がプリンの蓋へと乗せられれば目で追って。)そりゃ頼ンでんのこっちなんだから礼はしなきゃいけねーだろ?(――なんて、いかにもカツアゲだのパシリだのしそうな外見で、さも当たり前のように相手へと思いの丈を告げるのだろう。外見とは裏腹に相手を気遣う部分は、彼女の言うとおり”ギャップ”なのだろうけれど、本人はさっぱり分からないようで頭に幾つもの疑問符が浮かんでいるのだろう。)つか、お前だって同じじゃん。(コレ、と自身も貰ったばかりのお茶を指差して。目の前に器を差し出されれば、「さんきゅ」と箸でつまんだ煮物を口内へと放ろう。僅かに口元を緩めれば「うめぇわ」と満足げに味わって一口を頬張るのか。)

じゃあ許してってお願いしようかな。…欲しくなったらその時?

(表情柔らげた思ったら僅かに双璧見開いた相手に理由が解らずきょとんとして。続いた言葉に意味を理解すれば「矢吹くんは嘘つかない人な気がするからありがとう、かな。」なんて益々照れてしまって視線外し気味にそう言った。次いだ話題に相手の顔を見ながら暫し答えを待ったのちの返答だが特に気にもせずに。)そっかー…でも将来って難しいもんね。私も切欠がなかったら今みたいに思わなかったし。(なんて数年前を思い出しているのか。――楽しみ、という言葉が彼の本心か否か。これまでのやり取りを考えれば本心なのだろうけれど、男性にそんなことを言われると…矢吹くんって天然?などとまたもや相手にとっては嬉しくないだろう事を考えながら彼の目を盗んでくすりと笑い。)じゃあ、連絡先でも交換しとく?(と解り辛いかもしれないがそれは約束は果たすという意思表示で。)別に良いけどその時は矢吹くんの子供の頃の写真も見せてね?(わざとらしく可愛い子ぶってウィンクなんてしてみせた。――彼の言葉は正論だと思うし自分も同じように考えている。だが後藤が言ったのはそういう意味ではなかったようで。)違う違う。不器用そうなのに行動がスマートっていうか洗練されてるっていうか…そういうギャップ。(「言葉足らずでごめんね?私もお礼はちゃんとするべきだと思ってるよ。」と付け足して。差し出した器に箸を伸ばした彼が満足そうに言葉漏らせばこちらも表情緩めてプリンを頬張った。)

どんな風にお願いしてくれンの?へぇ、俺も後藤に頼むか。

(逸らされた視線に気が付けば、人の気持ちに疎い矢吹にも理由は明白だったのだろう。顔を覗き込むように「なに、照れてンの?」なんてにやりと意地悪な笑みを浮かべて。)そーだな。3年になったんだからさっさと進路決めろってセンセらに耳にタコが出来るほど言われてンだけど、なかなか思いつかねーわ。(口々に文句を言う教師達の顔が脳裏に思い浮かべば至極面倒そうに深い溜息を1つ吐いた。)…おい後藤なに笑ってンだよ。(くすりと小さく笑みを零した相手には眉間に皺を寄せて不思議そうに。次いで相手からの提案にはひとつ頷いて携帯を取り出そうか。友人も少なくあまり使う機会の無い其の小さな電子機器に梃子摺りながらも漸く自身の情報画面になれば「ん、」と、相手の目の前にそっと差し出して――恐らく携帯の扱いには手馴れているだろう彼女の元へと此方の情報が行き渡ればすぐにまた携帯をポケットへと突っ込もう。)ンじゃ、服買ったら報告しろよ。つか、俺の子供の時なんて興味無ェだろ。(相手のウィンクにくつりと笑みを零しつつ、此方も額へ目掛けて軽いデコピンをお見舞いしてみようか。)…それって褒めてンの?…まァ、さんきゅ。(決して悪い気はしないのだろう、言われなれない言葉には戸惑いにも似た照れを隠すように目の前にある煮物を食べ進めて。―――さて、そろそろ昼食の終わりを告げる鐘の音が食堂内に響いた。午後の授業へ戻るべくそそくさと散っていく周りの生徒たちを横目に、彼女に頼んで買ってきてもらったプリンの最後の一口を口内へと含めば気怠そうに席を立って。恐らく食べ終わったであろう彼女の分と自身の分のトレイを片手で持って立ち上がれば、背を向けながら「茶、さんきゅな。…ンじゃまた、」と空いてる片手をひらりと上げて挨拶してみせよう。トレイを片付けながら、くぁと大きな欠伸を零せば踏み出す足の行き先は恐らくは一眠りの出来そうな場所へと向けられるのか、―――)

うーん、可愛く?しても効かないか。善処します。

(視線を逸らしたはずだが、相手に顔を覗きこまれるようにされればどうすることも出来ないわけで。「悪い?」なんてそっけなく言うのは照れ隠しの証拠だった。)あれ?矢吹くん3年だったの?(なんて相手の溜息の理由が解らないわけではないがそれよりもこちらの方が気になったらしく。敬語を使わなくて失礼だったかな、などと今更なことを思いながら「なんか無礼な後輩でごめんね、先輩?」と小首傾げてみせるのか。)え?気のせいじゃないの?(とわざとらしく返したもののすぐに気が変わったのか「矢吹くん怒りそうだから言わなーい」と続けるのだ。差し出された携帯電話、所謂今時の女子高生である後藤にはその操作は容易いもので。受け取れば自分の物も取り出し2台を手早く操作して彼の物には己の情報を、己の物には彼の情報を登録し「後で確認のメール送るね。」と付け加えながらそれを返した。)はーい。じっくり選んで買っとく。えー、可愛いと思うから見てみたいとは思うよ?(なんて。デコピンをされれば額押さえて「痛い」と大げさに、しかしその顔は楽しそうに笑っているのだ。)褒めてるの。…どういたしまして。(恐らくだが今の反応は珍しいものだろう。そんな彼の表情を見れたことがなんだか嬉しくて無意識に口元和らげるのか。――鐘の音が響けば「もう昼休み終わりか。」と彼には聞こえているであろう独り言。後藤がプリンを食べ終えて程なく目の前のトレイが消えれば、その背中に向かって「ありがと、…またね。」と別れの挨拶。彼の姿が人ごみに紛れる頃には鞄の整理も終わり教室へと向かった。――そして放課後『テスト。ちゃんと矢吹くんに届いてる?後藤』と質素なメールを作成すれば彼の元へ、と送信ボタンを押した。)