(放課後に貴方が靴箱を開けたならば、朝には無かった封筒がひとつ慎ましく靴の上に乗せられているだろう。まるでラブレターを想わせるその佇まいは高校生憧れのそれ。差出人名はなく、宛名には「氏家くん」とボールペンで書かれているだろう。丸みはないが、汚いわけでもない丁寧な文字だ。もし貴方が中を覗いたのなら、丁寧に二つ折りにされた便箋一枚と、四つ折りにされた紙が一枚。)

『氏家くん
急なお手紙ごめんね。ビックリしたかな?(笑)
頑張ったので、よかったら感想聞かせてください。』

(短い手紙のあとには、ぐるちゃのIDらしきものが綴られている。artというスペルから正体が察せられるかは際どいところだが、クラスメイトはどう推理をするだろう。同封の別紙はA4のコピー用紙。上下に、よくある家のシンクの掃除前と掃除後のビフォーアフターがでかでか印刷されている。アフターはそれはそれはピカピカに磨き上げられていた。無論、紛らわしい文面はわざとだ。件のノートの絡みからこんな手間をかける男を、友人は皆暇人と呼ぶ。「マメなんだよ」と返すのが定番でもあったけれど、果たしてこの絡みを寡黙なクラスメイトは受け入れてくれるだろうか。A4コピー用紙の裏面には、『ポテトうまいよね!』と今度はやや走り書きじみた文字で。もしシカトされたとしても、めげない男は翌日の教室で「うっじいーえくーん」とひらひら手を振った筈だ。この男、軽率に絡むことなかれ。尻尾を振って近寄る犬のごとく、すっかり友達認定は完了していた。)

(梅雨明けも近いか、窓越しに霧雨の舞う曇天をぼんやりと眺めながらバイトの時間を気にしつつ下駄箱を開けたところ、ふと視界に舞い込んできた一枚の封筒。手に取り、バランス良く整った字体によって綴られている己の苗字に首傾げ、裏表何度か繰り返し見てから辺りを見回す。)…………(先日の告白といい今回といい、所謂“こういった”ことが続くと高校三年男子は素直に思う。ついに俺にも、モテ期が、きたのかもしれん。幾許か瞬きの回数を増やしながら、緊張の面持ちで封筒の端をちりちりと千切れば中身を確認し──)……感想?(続いてもう一枚入っている紙に気付き、そっと開いたところで、無意識に止め溜めていた息が深く深く吐き出された。そうしてワンテンポ遅れてから、音にならない息をくくっと漏らして、一先ず手紙は大事に鞄の中へ。おかしさに緩む口端を堪えるように歪ませながら校舎を後にした。零れた言葉は、見事踊らされた自分自身にだけ届く独り言。言葉尻にはどうしたって笑みが隠せない。)くっそ…。

(翌日、休み時間にクラスメイトの彼が座っている席まで大股で進み、じっとりと恨むような重い視線を向け──た後、眉尻を浅く落として口角を上げれば)シンク掃除、お疲れ様でした。どこでバイトしてんの。(人懐っこく愛嬌のある彼とは対照的に、此方は感情にいまいち表情がついてこない男。それでも休み時間が終わる頃には、きっと良い意味で対同性のクラスメイトとして、それなりの図々しさを覚えて接することになるだろう。)