(朝一番の救出劇の顛末は。)

(朝の通学の時間。自転車や徒歩で行き交う人波の中、一人足を止めて仰ぐ先)…降りれんくなったん?(みゃあみゃあと、鳴いているのはどうやらどこかの飼い猫らしい赤い首輪をつけた一匹のキジトラ。ブロック塀から木に飛び移ったのか何なのか、とにかく大きな木の上で蹲って鳴いていた。迷子なのかやんちゃなのかどっちだろうと思いながら、先生を呼んでくるべきかとも一瞬思うけれど、)あそこのぼって…、あの枝に足かけて手ぇ伸ばしたら、届くかな。(シミュレーション的には、いけそうな気もする。自分より背の高い人だったらブロック塀に登るくらいで届くのかもしれない。多分猫的にも、いけそうな距離に踏み台ができれば飛び降りるんじゃなかろうか。なんて、青い瞳は瞬いて。カバンをブロック塀の前へ下ろせば、道端にも関わらず軽く屈伸ストレッチ。まずはブロック塀へのぼるのが第一ステップとばかり、自分よりは少し背の高いそこに手をかけ)せーの、…っよ、いしょ…っ(ジャンプするように勢いをつけて足をかけるところまでいければ大丈夫。何とかよじ登ればふぅと息を吐いて、)待っときや?…あ、飛び降りてこんでね、びっくりするし。(仰ぐ先、木々がざわざわと風に揺れる中に猫が鳴く。さっきよりは近づいたけれどまだ届かなさそう。猫もまだ怯えているのか、近寄ってくる感じはない。腕がもっと長かったらなぁなんて呑気に考えながら、ブロック塀の上でバランスをとり立ち上がろうとする――「え、何あれ」「あの子何してんの?」と、遠巻きにざわつかれていることなど気づくこともなく。)

(今日の朝練は外周で、敷地内を塀に沿ってのランニングというハードメニュー。体を動かすのは好きだから、文句を垂れ流しながら走る同級生はさっさと置いて一人で先を行くのだけれど。「あっ松原くん!ちょっとこっち!」正門辺りで唐突に声を掛けて来たのは、丁度登校してきたクラスの女子。軽く朝の挨拶を交わしてから、呼ばれるがままに駆け寄っていくと、)どーしたよ?………ッて、おいおいマジかよッ!?(松原が着く頃にはちょっとした人だかりになっていた。女子生徒がブロック塀に上っているなんてレア過ぎる状況。視線の先には猫の姿。松原を呼び出した女子は「松原くんならなんとか出来ると思って呼んだ!」と言うが。ブロック塀からだと松原の身長でも届くかどうか、もはや残された選択肢は一つしか無くて。外側から内側へ、ぐるっと回りこめば猫が留まる大きな木によじ登る。久しぶりの木登りだったが案外スムーズだ、ひょいひょいと上がって行けばすぐに猫のいる高さまでたどり着いて、ひょいと抱きかかえる。ブロック塀で立とうとする女子生徒に向けて)もー大丈夫ッすよ!あと、速く降りないとヤベェと思います、スカートでンなトコまで上がっちゃダメッすよ!(勇気ある行動に感心もするが今の状況は流石にまずすぎる。さり気無い気配りなんか出来ないが、可能な限りオブラートに包んでそう告げると、胸元に猫を抱えたまま器用に木から降りていく。さて、女子生徒が降りる先はざわめく外側か、はたまた松原と猫のいる内側か。)

(バランス感覚というよりも、体幹に関しては多少鍛えている自負はあった。だから落ちない、と勝手に踏んでいたのだけれど、思いのほか風も当たるし幅も狭い。何より高さが絶妙だった。落ちたらきっと痛いから、できれば無傷で無事生還したい。自分も猫も。という訳で、臆病風にやられてしまう前にいざと思ったのだけれど)…わ、え?(見知らぬ明るい髪色の男の子が、するすると木を登っていくものだから。思わず中腰程度の半端な姿勢で見とれてしまった。「すごぉ」と呟く声は呑気なものだ。見事に猫を捕獲してくれた彼に周りから「おぉー」と歓声があがって、それでようやく、自分の周りに人だかりができていることに気がつく。ぱちくり。男の子の声に顔を上げれば、降りてくる姿にぱちぱち拍手。)すごいなぁ、ありがとう。(ふふと嬉しそうに微笑んだあと、続いた忠告めいた言葉にはきょとんとして)へ?(何が?と首を傾げた。スカート?と考え、人だかりができてしまっている現状を思い出し、「……あ、」とスカートを抑えて咄嗟に飛び降りたのはきっと、ヒーローたる彼のいる方へ。)い、ったた……(高さがあれば衝撃が足にくる。勢いを殺しきれずによろけたか、あるいは膝くらいはついてしまったか。スカートをぱっぱと払いながら姿勢を正せば、)えへへ。あぶなぁ、パンツの色みんなにバレるとこやったわぁ。(「もうちょい可愛いの履いてきたらよかった」と照れ隠しに笑うのはまぁ呑気なものである。貴方に向き直り微笑みかけて、)猫ちゃん助けてくれてありがとうねぇ、ヒーローさん。わたし2年1組の秋津海波っていうん。木登りはやったことないから助かったわぁ。(「よかったねぇ」と、貴方の腕の中にいる猫の頭に手を伸ばせばこしょこしょとやさしく撫でて)

(無事に猫を救出できた際、ありがとう、なんてお礼の言葉が掛けられれば、「いえ!」と明るく笑って返して。朝から珍しい光景を目の当たりにしてざわざわと集まっていた群衆も、注目の的である猫と女子生徒が視界からいなくなれば散り散りになって行ったようだ。松原に助けを求めた女子も「松原くんグッジョブ!」なんて声を掛けては昇降口へと向かって行くようだった。彼スカートが捲れないように押さえた状態で彼女が飛び降りて来た際、少しよろけたので転ばないように片手で肩を支えるように。両手を使えれば一番良かったが、咄嗟のことだったので腕の中の小さな温もりを離すことは出来なかった。ぱっと見は何ともなさそうだが念の為「怪我とかないッすか?」と問いかけて。姿勢を正して告げられた言葉には「パッ…!?」と顔を真っ赤にして言葉に詰まって視線を外す。「っつーか、危ないンで、こーゆー時は誰か呼ンだ方が良いと思います。助けようとしたのは、すげェ良いことだとは思うンすけど。」と松原にしては珍しい正論を並べることに。次いで述べられた自己紹介には外していた視線を彼女へと戻して)いやいや、ヒーローッつーのはおこがましいけど、どーいたしまして!秋津センパイッすね、1組とか超絶エリートじゃねーか!そりゃ木登りやった事無いのもしょーがねーかな。(ニカッと笑って彼女の苗字を呼んでみるのだが、クラスを聞けば驚いた様に瞬きをして。頭を撫でられた腕の中の猫が、気持ちよさそうに目を細めるのを松原も微笑みながら見つめていたが、)あ、俺は1年7組の松原隼人ッす!この猫…飼い猫なンすかね?そンで自力で家に帰れるモンなのか…?(猫を飼ったことがなければ習性だってわからない。助けたは良いがこの後どうすれば良いのか、不安げに彼女へと目を遣り「どー思います?」と。)

(よろけた体を支えてくれる手に咄嗟につかまりながら、)わ、…っふふ。お転婆やってまた怒られてまう。(くすくす楽しそうに笑うのだから、多分心配など杞憂だとすぐにわかってもらえるだろう。制服じゃないことに気が付いて、「部活中?」とのんびり聞いてしまうのもマイペースで。己の発言に真っ赤になってしまった彼のことを、おやおや?と首を傾けうかがえば)なん、ヒーローさん大丈夫?(夏バテ?と青い瞳でじっと見つめてみるけれど、視線は交わるかどうか。続いた正論にはこれまたきょとんと貴方を見つめたまま)…でも、貴方は助けに来てくれたよ?わたしが呼ばんでも、猫ちゃん助けに。(やっぱりマイペースにも届くだろう言葉はふんわりとした笑みとあわせて。彼を誰かが呼んでくれたのだとしても、そんな細かなことに構う女でもないのだった。)大学行くかわからんねんけどねぇ、おばあちゃんが勉強はちゃんとしときーって言うから。(超絶エリートなんて面白い言い方にうふふと笑いながら。ちゃんと目があったことに嬉しそうにしつつ、「木登りやってみたいわぁ」と好奇心を口にして、背ぇたかのっぽの木を仰いだ。さわさわと心地よい風が抜ける。)隼人くん。木登り上手のヒーローさん。(覚えたという風に言えば、猫に触っていた手でふと貴方の髪をひとふさ掬うように指に乗せ)…綺麗な色やね。(光に透けた金色の髪。眩しそうに目を細めると、さらさらと重力に落として。その指先で己の髪を耳にかけてみせるとインナーカラーの金髪をのぞかせ、「おそろい」と笑ってみせた。)うーん、首輪してるし飼い猫ちゃうかなぁって。隼人くんに抱っこされても暴れてへんし。(大人しく貴方の腕に抱かれている姿に微笑ましげに瞳緩ませながら、)猫も一応お家に帰る本能はあるはずなんやけど。……でもこの子、お転婆さんやしなぁ。(なにせ自分で木に登っておりれなくなったのだから心配で。貴方の視線を受け止め、もう少し距離を詰めれば顔を近づけて、猫の首輪をくるりとまわし)…あ。川名モカちゃん。(書いてあった名前を見つけて、視線を上げれば)猫屋敷のご夫婦、川名さん…やんな?

(朝からイレギュラーが起これば少しだが焦り気味になるのは仕方が無い。けれど眼前の少女はといえば暢気なものだ。怒られる…誰に?なんて疑問を抱きつつも、平気そうなので安心したように小さく息を吐き。のんびりとした口調で問われたなら「あ、はい、外周中ッすね。」と短く答えて。松原の顔を真っ赤にさせた張本人に見つめられれば目線が交わったのは一瞬だけで、松原の目はぐるりと泳ぐ。「いや、なんでもねェから!気にしないでください!」と最終的には斜め上の方を見ながら声を若干荒げて夏バテではない事を告げよう。初対面の女子相手にもっと恥じらいを持てとか、それこそセクハラだろうから。たとえそれが善い行いであっても、危険な目にあったり怪我をしてしまうのを心配して忠告してみたのだが、どうもその意図は上手に伝わらなかったらしい。)そりゃ偶然ッすよ、実際俺もクラスのヤツに呼ばれて来たし…今日は人目につくトコだったからいーけどよ、近くに誰もいなくて、無茶すンのはな…心配されちまいますよ。(マイペースな彼女と話すことは、雲をつかむ様な感覚になる。思った事を説明するのはこの脳筋には難儀なことで、一生懸命言葉を選んだが果して。)大学に行くかどうかッつー選択肢があるのがスゲェと思うンすよね。俺も実家にいる時は勉強しろ!ッつって怒鳴られてたけどよ、やっぱ頭の作りがちげーんだろうな!(ハハ!と自虐というにはやけにあっさりとした笑い声を上げていたが、木登りをしたいというまさにお転婆発言には「いつでも教えますよ、スカートじゃねー時にさ。」と柔らかく微笑みかけて。涼し気な風が吹き抜けたかと思えば彼女の手は松原の髪に触れていた。不思議そうに瞬きしながら指の行方を追えば彼女の髪、最初は気が付かなかった金色のお出ましだ。「ホントッすね。」と彼女の笑顔に応えるように松原も笑っていることだろう。)あー、人に慣れてる感じはスゲーするよな、やっぱ飼い猫かァ?(うーん、と唸っては猫の顔を覗き込んでみたけれど何が解る訳でもなかったが。首輪に目を付けた彼女が読み上げた名前には覚えがあった。)川名ッて……………あー、あそこか!今から行ったら確実に遅刻だな!俺、1人で行ってくるンで、秋津センパイはフツーに登校した方がイイッすよ!1組の生徒が遅刻とか、ありえねーと思うし。(日頃から怒られ慣れている松原は、遅刻して叱責を食らったところで深刻に気にする事はないけれど、さすがに眼前の少女まで遅刻させるわけにはいかない。きっと飼い主は心配しているだろうから、一旦教員に預けて放課後まで待つ選択肢は松原の中には無かった。)

(外周と聞いて、「何部さん?」と首をかしげる。サッカー、バスケ、野球、陸上、色んな可能性を頭に浮かべながら。明後日を向いてしまう相手にきょとりとするも、元気ならば良かったとふふと笑えば「はぁい」と間の抜けたのんびりした声で返事をして。貴方の丁寧な説明に耳を傾けたのち、)…心配されるって、誰に?(と、問うのは素朴な声だけれどまっすぐな瞳で。すぐにゆるっとした微笑に変われば「迷惑かけるんはあかんなぁ」と自分なりの解釈をして、優しい彼の忠告は丁寧に受け止めて、「気をつけるわな」と微笑みかける。すごくすごくいい子なんだろうということは、この少しの時間だけでもとってもよく伝わった。)隼人くんかて、まだまだ選べるお年頃やで?(ふんわりと瞳を緩めて貴方を見遣り。可能性はいくらだって残されていることを信じている女の声に迷いはない。もちろん、大学に行っても行かなくても、結局はその人の幸福のお話であるとも考えているから、のんびりした調子は日常会話の延長で。笑う貴方に「1組の中やと落ちこぼれよ、わたし」とこちらも同じくさっぱりと笑っていたか。)ほんま?やったぁ、嬉しいわぁ。(貴方の快諾には目を輝かせて。「その時は体操服着てきます」なんて改まった調子で言えば、楽しみやなぁと笑みを滲ませる。高いところから、木々のざわめきをすぐ近くにして見下ろす景色はきっととてもわくわくするだろうなと。おそろいに笑いかけてもらえたら「ね」と楽しそうに笑い。どうやらお家が判明した猫によかったねぇと胸をなでおろすも、貴方の提案には目を丸く。それから、猫の首輪を覗いていた姿勢をすっと伸ばして)いやです。(きっぱり。妙に堂々と言い切って、)わたしも行くに決まってるやん。(さも当然というように宣言。後輩を一人で遅刻に導くなんてとんでもない、というのも一つではあったけれど、それよりも)勉強よりずっと楽しそうやもん。(それは小さな小さな冒険みたいで。くすと楽しそうに笑みを浮かべる表情は、多分無邪気に悪戯めいてもいた。だってほら、こんなにいい天気だし。とでもいうように、女はのんびりにこにこと。)むしろ隼人くん、部活えぇのん?(と今更に尋ねれば、彼の腕の中で猫がにゃあと小さく鳴いた。)

(更に続く質問にも「バスケッすよ〜」と朗らかに笑っては応答して。心配されるという忠告に対する返事が予想外過ぎて、ぱちくりと瞬きしてしまう。「イヤ、誰ッて…家族とか、友達とか。俺だってセンパイが危ない事してたら心配するッすよ。」彼女の人間関係は一切知らないから予想でしか無いけれど、最後の松原自身が心配してしまうというのは紛れもない真実だ。気を付けると言ってもらえればホッと胸を撫で降ろし「あざます」と聞き入れて貰えたお礼を伝えて。)イヤ、俺ガチで勉強苦手なンで、仮にスポーツ推薦とかで大学行けるッてなっても無理だと思うンすよね、ぜってー中退する!(彼女の言う事ももっともだと思うけれど。無限の可能性なんてよく言うが、そもそも高校を出てから更に勉強するなんて耐えられない気がしてならない。「俺は7組の中でも落ちこぼれッすよ」と自慢にならないところで張り合おうとして。)おう!普通にブロック塀に登ってたし、秋津センパイならすぐッすよ!(運動神経は悪くなさそうなので、ちょっと練習すればすぐにひょいひょい登れることだろう。「そッすね。汚れるだろーし、体操服がイイと思います。」なんて頷いて。)へッ…?(松原の提案をあっさり拒否されてしまえば変な声が出てしまう。多分、提案を持ち掛けた瞬間の彼女と同じような表情をしていたと思う。彼女を思って言ったつもりだったが。)楽しそうッて……マジで、いいンすか?(内申点とか、松原にはよくわからない諸々の事情があるだろう。そんなのもそっちのけで、堂々とサボり発言をしてしまうなんて、この人は生粋のお転婆だ。そう思うと可笑しくて、あははッと声を上げて笑い出す。)ンじゃ、行きましょか。部活はまァー…放課後ランニング追加されるくらいだから大丈夫ッすよ。(平気とでも言いたかったのか、松原が答える前に猫が鳴いたのには小さく笑って。登校してくる生徒を尻目に堂々と裏門へ、川名家へ向けて旅を始めることに。)

バスケ部かぁ。いいねぇ。(のんびり朗らかに返しながら、「この前体育でレイアップやったけど失敗したなぁ」と思い出し笑い。貴方が当然のように告げてくれる言葉にもきょとりと視線を注いだまま、)…ふふ。優しいんやね。(穏やかに言って、一度睫毛を伏せてはまた持ち上げた。お礼を言われてしまえばくすくすと、「こっちがお礼言う方やろ?」と笑った。)そっかぁ、それならそれでえぇかもねぇ。(のんびりした女は楽しげに聞いて頷いて、彼が楽しい方へいけるのが一番だと。落ちこぼれ同士とわかれば「えぇ?じゃあまたおそろいやねぇ」なんてにこにこと)才能ありますか?先生。(ふふと笑って首を傾げれば、「たかーいの、登りたいなぁ」と青い空を見上げて瞳を細める。体操服のすすめにはハイッといいお返事でぴっと片手を上げ笑った。断ったことが意外だったのか、変な声を出した貴方には不意打ちが成功したというようににこり。)うん。それに、これは間違ったことじゃないもん。困った人がおったら助けてあげぇやって教わってきたやん?(「人じゃなくて猫やけど」と悪戯っぽく笑って、貴方の笑い声にも促されるようにふふふっと)うん。行こ行こー。…えー、大丈夫なんそれ。一周分くらいならわたしがもらってあげるよ?(貴方の顔を窺うように覗きながら瞳を細めて、のんびり悪戯に。猫の返事にはぱちくりしながらもくすくす。「あ、ちょっと待ってて」と鞄を拾い上げてきてから、駆け足に貴方へ近寄っては裏門へ。途中すれ違う生徒たちからは奇妙な目でみられていたけれど気にする風もなく、途中猫をこしょこしょ撫でたりしながら小さな冒険を楽しんで。――無事にお家へお届けできたなら、帰り道は「よかったねぇ」とほっこりした気持ちで。彼の言う通りバッチリ遅刻の時間に学校へ戻ることになれば、すっかり静かな校舎に向かう新鮮な感覚にも楽しげに。階段の途中で教師に見つかって「遅刻だぞ、何してる」と注意をされれば、)わたしが怪我しそうになってたところを助けてくれたんです。時間破ったんは悪いと思うけど、困ってる人助けた彼が叱られるんはおかしいと思います。(堂々と整然と、真っ直ぐに教師を見つめて言い返す。口調はしっかりと、佇まいは凛として。言い澱み、「早く教室に入りなさい」と続いた教師の声には、一転して「はぁい」とゆるく返事をし、)――それじゃあ、またね。ヒーローさん。(振り返り貴方に小さく手を振ればふんわり笑って、二階の廊下を歩んでいく。貴方と二人で歩いた空の下の景色をのんびり思い返しながら、誰一人遅刻者などいない2-1の教室へと、軽やかに足を踏み入れた。)

(体育でのレイアップ失敗談義には「基本ッすけど、慣れてねーとムズいし、失敗すンのもしゃーねーと思います」と告げるのはフォローのつもり。優しい、という言葉には不思議そうに再び瞬きを、松原にとっては当然の事なのであまりピンときた様子では無いが、お礼を言うのはこっちだと言われれば「確かに!」と納得したように笑い返し。)そッすよー、在学中に勉強に目覚めたらワンチャンあるかもわかんねーけど、今ンとこその予定はねーな。お揃いっつっても、元々のレベルが違うンすけどね?(彼女は松原よりも遥かに賢い筈なのに、お揃いなんて言われてしまえば、ふはりと笑って少しばかりの弁解を付け加えて。)秋津センパイなら木登りのエキスパートになれると思いますよ!俺が保証するッす!(センパイは高いトコ好きなンすね、なんて暢気な感想を漏らしては松原も彼女と同じように空を見上げにこにこと笑っていよう。)あー、まァ、確かに?イヤ、けどすげー意外ッす。7組なんて授業サボるヤツも其処まで珍しくねーけど、やっぱ賢いクラスはそんなヤツいねーだろうしさ。(松原の知る、いわゆる賢い人とかけ離れているから、そのお転婆っぷりには思わず笑ってしまったけれど。ごもっともな発言を受ければ、最後には納得した様子で一緒に行くことを決心したのだった。)うッす!イヤ、罰としてのランニングもトレーニングの一環なンで全然大丈夫ッすよ。気にしないでください。(1週分貰う発言が本音か冗談かはわからなかったが、松原にしては至極真面目な返しである。鞄を回収した彼女と合流し、裏門から抜け出して川名家へ向かう道中、すれ違う生徒達の事は松原も気にならなかった。似た者同士なのか、その点も「おそろい」なのかもしれない。高所に登って降りられなくなるなんて、こちらも随分お転婆な猫だが、腕の中で暴れる様子は見られなかった。時々横から伸びた手に撫でられてな気持ちよさそうに目を細めている。―無事に目的地に辿り着き、小さな温もりを離すとき、ほんの少しだけ寂しさを感じてしまったけれど、玄関口で飼い主からのお礼の言葉に表情を和らげて。川名家から学園までの帰り道は、ほっこりした気持ちであったに違いない。学園に戻る頃には完全に遅刻だが、仕方ない事だとあまり焦ってはいなかった。怒られる事には慣れているから、階段で声を掛けてきた教師にも、「すんません!」と適当に謝ってやり過ごそうと思っていたのだけれど。傍らの彼女が堂々と主張する姿に教師共々面食らってしまった。「秋津センパイって、すげーな。俺、尊敬します、マジで。」危なっかしいけれど、お転婆だけれど、それ以上に格好良い人だ、と素直に感じていた。)はい、また!(深く腰を折る様に頭を下げて、1つ上の階である1年教室へと向かい歩き出す。所々空席のある我がクラス、遅刻は珍しい事では無いが、それでも叱責を回避することは出来なかった。そんなことで落ち込むような繊細さなど持合せていない。「さーせんッした!」なんてふざけた謝罪で教師を呆れさせるのは、良くある日常の一コマだ。)