ぜっっってぇ俺のせいじゃないけど、裁判になったら負ける。

(放課後。部活動が始まるまでの時間、サッカー場の木陰で比較的仲の良いサッカー部の友人とカードゲームの話やらユーチューバーの話やら、いわゆる雑談をしていたところ。少し離れた場所でリフティングの練習をしていた別の部員のボールが勢いよく駐輪場の方へ飛んでいくのを見た。見ただけ。我関せずとスマホを取り出し、先日手に入れたモンスターを友人に自慢すべくアプリゲームを立ち上げようとしたところで──『すみませーん!取ってもらっていっすかー!?』)え、やだ…(確かに自分の方が彼より十数メートルは駐輪場に近いけれど。即断るも、たまには動けと友人から笑いながら背中を押されて、鉛のように重い足を渋々駐輪場へ向ける。横一列に並んでいる自転車の間にて、早々に諸悪の根源(サッカーボール)を見つければ、回収すべくロボハンドでちょいちょいとつついて自分の方へ転がし込んでいたところで)……、ひッ、っ!やべ、(不意にふわふわ飛んできたアゲハ蝶にびっくりして体勢を崩し、うっかり片手を自転車の荷台につき体重をかけたものだから──ガチャガチャガチャガチャーーーン!チリーン!)…………うそじゃん。(ドミノ倒しの如く、自転車数十台を倒す事故を引き起こした。カラカラ、と虚しく回る車輪の音を傍らに片足をドミノの間に巻き込まれるように挟んで、身動き取れぬまま尻餅をついた状態で助けを求めるように絞り出した声は、あまりにも間抜けでか弱い。)………だ、だれか〜……(遠くでホイッスルが聞こえる。どうやらサッカー部の練習が始まったらしい。)

(放課後の教室は今日も賑やかで、カラオケに行こうだの、補習がどうのと話すクラスメイトを横目に、瀧野瀬はバイトへ向かうため一足早く教室を出た。えっ、ていうかカラオケいいな〜、明日俺も誰か誘おっかな〜、なんて思いつつ、自分の自転車が止めてある駐輪場へ向かう。スニーカーを履いて昇降口を出たころ、駐輪場の方からガチャンガチャンという派手な音が。最初こそ、あ〜、誰かやっちゃってんな〜、くらいの気持ちだったのだが、いざ駐輪場まで到着すれば、自分が今朝自転車を停めたあたりでドミノ倒しが起こっているではないか。)やっべ〜、俺のチャリも寝てんじゃね…?(そう独りごちた後、蚊の鳴くような「だれか〜」の声が聞こえる。ドミノをよく見れば、自転車、自転車、自転車、自転車、人、自転車、自転車、自転車…。あ、これアカンやつや〜、と自転車に挟まれている人物の元へ駆け寄る。)オニーサンだいじょぶ〜?出れる?足ちぎれてない〜?(瀧野瀬的には結構心配しているつもりなのだが、そう尋ねた声は普段どおりの間の抜けたもので。彼の上に倒れている自転車に手をかけ、ぐっ、と持ち上げてみる。もちろんさらに上に重なった自転車のせいで元通り立たせることなど不可能だが、わりと細めな目の前の彼が抜け出せそうなくらいの隙間は作れた。)

(助けが欲しい気持ち半分、こんな状態の姿を見られたくない気持ち半分。どっちつかず中途半端な声量で放たれたヘルプの要請は間もなくして金髪の男子生徒の目に付く。よく晴れた日、逆光の影を一瞬だけ見上げ、即クラスメイトの友人と判断。上から落ちてくる距離を感じさせないフランクなひと声、やけに聞き馴染みのあるそれに対してあたかも知り合いのような軽さで)おーさんきゅ。本当にな、ちぎれておしまいになるとこだったわ、はは。(足の上に寝ていた自転車が持ち上げられれば、自由になった足を引き抜いてよろよろと立ち上がる。尻についた砂やら砂利を払い落としながら)助かった…もう一生あんままかと思った。つーかナイスタイミングすぎたね、バスケ部はどしたの。(自転車が倒れる拍子に反動で転がっていったサッカーボールを探すように視線だけ辺りに泳がせながら尋ねるは真実とは見当違い。)田村にサッカーボール取ってこいって言われて…どこだ?てかシノハーは、(そこでようやく初めてはっきり顔を上げて彼の顔を見た──「え、」のち、硬直。元々血色良くない顔が更に青ざめる。)や、やば…(やっと気付いた。目の前の救世主がクラスメイトでバスケ部に所属しているシノハラではないことに。青から赤に変わる顔色は羞恥の証。)全然シノハラじゃなくて死にそう。すんません、……は、 や、ば(表情筋はそれほど動いていないけれど、内心汗噴き出しまくり。と同時に、マスクの下では口端がむずむず。こぼれないように指先でマスクの鼻あたりを抑えながら)笑いそう。ごめん、え?恥ずかし。えっと…ナニハラさんスか?なんつって、ふ、ふふ…。(人間違いをしておきながら謝罪もそこそこ、興味のベクトルはシノハラから目の前の彼へ。初対面の、あろうことか先輩相手にも関わらず口調はあまりに軽い。)ごめん、もっとちゃんと謝ったほがいーよね、やべぇな、ふつーにまちがえた。ごめん…くく、…怒んないで…。は、ハジメマシテぇ…。

(それほど筋力のある体ではないため、しゃがんだ体勢でそれなりの台数が重なった自転車を持ち上げるのは、僅かな間、僅かな隙間であってもなかなか辛い。足が無事脱出したのを確認し、すぐに自転車から手を放すと、がしゃん、と音を立てて自転車は元のドミノ倒し状態に。そのころ目の前の彼から聞こえた安堵の声は予想外に親しげで、アレ?と心の中で首を傾げる。そっか、そういえば自転車のインパクトがすごすぎて顔よく見てねーや、知り合いだったか〜、と少し遅れて立ち上がる。)…んー、ヨカッタヨカッタ。(感謝の言葉には生返事を返し、顔を識別することに集中する。…エッ誰?知らなくね?いやでも待てよ、マスクしてるから…。いつもの癖で口角は上がったままだが、脳みそをぐるぐる回転させながら相手をまじまじ見つめる。…やべー、全然思い出せねー…、とりあえず同クラじゃなさそうだな。滅多に使わない頭を働かせていると、晴れてそれなりに暑い外気温のせいで額にはうっすら汗が。部活関係の知り合いかと考えだしたところで…、え、バスケ部?オレ?オレバスケ部だったっけ?軽音部じゃね?あんま行ってねーけど。と、聞きなじみのない部活の名前が飛び出し、さすがに硬直。次いで現れた「田村」なる人物にも覚えがなく、ぽかん、と呆気にとられる。すると、目の前の彼も硬直。目が合ったと思えば、みるみる青くなって、赤くなる。と思えば、今度は堪えながらも笑い出す。こちらもやっと状況が飲み込めた。)…ぷっ…はは、あははは!やべー、ちょー焦った〜!だよね〜!ハジメマシテだよね〜!?いや全然怒んねーけど、ていうかちょ、う、ウケる…へへ…。(安堵と同時に、つられるように笑い出せばなかなか止まらない。肩で息をしながら、)オレ、シノハラじゃなくてタキノセ〜。いや〜、何原って。惜しくもなんともないね〜。(くくく、と再びこみ上げた笑いをなんとか少し落ち着かせると、)そんでオニーサンは何原〜?ってか何組〜?そもそも何年?(へらへらと笑いながら、矢継ぎ早に尋ねる。)

(今だけは彼のフランクな人柄に救われた。噴き出る汗を七分まで捲っている袖で拭いながら、辛うじて返せる「ね〜…ハハ」)タキノセねタキノセ。失礼シマシタ。(首裏を掻きながらそわそわと辺りを見回す。いっそ彼が知り合いでなく良かった。こんな場面こそ顔見知りには見られたくない。尻ポケットから、精神安定剤の役割も持つロボハンドを抜き取れば手を掛けカチカチ動かしつつ)俺はサオトメ〜。お互い原掠ってねーの草。(何年何組かの問いにはロボハンドで1本指立てたあと、)あ、(指が足りない。一瞬悩んだ後、5本を示すようにパーにしたまま自分の片手で1本指を足す。何とも面倒臭い自己紹介である。それから)もしかしてだけど先輩?同学年で見たことねんだけど。つって同学年だったら失礼すぎっけどね、おれ。(手持ち無沙汰みたいにロボハンドの人差し指で彼の腰をツンツンツンツン突きながら)で、部活。ポジションはどこなんだっけ?(半分ボケを混ぜた投げかけにはさて、彼はどう切り返してくれるか──)