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今朝の天気予報、見るの忘れた…。 |
(朝、家を出るときに雨は降っていなかったものだから、てっきり今日は久しぶりの晴天なのだと思い込んでいた。しかしそんな期待はばっさりと裏切られることになる。次第に分厚い雲が広がっていった空からは今にも雨が降り出しそうだ。傘を持たずに来てしまったがちょうど本日は部活も休み、ならば降る前にさっさと帰宅してしまおうと昇降口へと向かい、靴を履き替えたところで、ふと聞き覚えのない声を掛けられる。どうやら声の主である男子は見知らぬ人物らしい。人違いだろうと思い込みその場を去ろうとしたところで「村野先輩、」とはっきり名前を呼ばれてしまった。やや不信感を抱きつつ彼に言われるがままに駐輪場へ向かう。夕方から雨が降ると知っている者が多かったのか、はたまた部活や勉強で残っている者が多いのか、放課後だというのに駐輪場はやたらと静かだった。「俺、一年の岡井っていいます。去年ここの文化祭に来て、それで軽音楽部のステージでの先輩に一目惚れして……あの、よかったら俺と…」突然のことに混乱して続きはきちんと聞き取れなかった。しかし、今初めて話した相手とそういった関係になれそうなほど心の余裕はなく、「……でもあたし、キミのこと知らないし………」と、そう返すのでいっぱいいっぱいだった。相手もなんとなくこちらの返事は予想していたのかもしれない、少し寂しそうではあるが、それでも笑顔で「ですよね、びっくりさせてすみません!聞いてもらえてうれしかったです」なんて言って去っていくのであった。「ごめん」の一言も言えなかった、悔しさと申し訳なさがこみ上げてきて、壁に凭れてぼんやりと空を見上げた。)
----------------- 岡井(おかい) 一年男子。元々第一志望だった雛ノ森学園の昨年の文化祭に遊びに来ており、村野と話したのはこれが初めて。 今時の男子高校生にしては素直で穏和な性格。 | |
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(西野には天気予報を確認するという習慣はない、そんな暇があれば本のページを捲っていたい。とはいえ、流石に梅雨時は鞄に折り畳み傘とレインコートを常備している。だって、基本的に西野は自転車通学をしているから。――今朝は晴れだった、だから平気だろう…最悪自転車を置いて歩いて帰れば問題ない。そう思って家を出た。しかし、というのかやはりというのか。気づけば現われ、次第に厚くなる雨雲。放課後、雨が降る前にさっさと自転車で帰宅してしまうのが賢明だと、授業が終われば駐輪場に直行した。さて、話は昼休みに遡る。友人の一人に呼び出され、一緒に昼食を摂りながら彼の話を聞いていた。素直で温和な彼に想い人がいることは以前から相談を受けて知っていた。「今日、先輩に告白しようと思うんだ。……って誰かに宣言しておかないと、呼び止めることも出来なさそうでさ。」そう言って、彼は照れたように笑った。)………ん?(さぁ、時間を放課後に戻そう。西野が駐輪場で鞄を自転車の籠に乗せようとしたその瞬間、校舎の方から歩いてくる人影に気付く。それが今日昼食を共にした友人だと気づけば、隠れるようにその場にしゃがみ込んで。そして、聞くのは悪いと思いながらも聞いてしまった告白。友人の姿が駐輪場から消え、女生徒が壁に凭れてぼんやりとしている間にそっと帰宅してしまおうと思った。思ったけれど。)あ、(ガシャン、ガシャン。立ち上がろうとして、足を引っかけ、数台の自転車が倒れた。ハッとして、彼女の方を見遣った。)
--- 岡井大地(おかいだいち) 1-2組。西野にとっては中学の頃からの友人。勉強は出来る方だが運動は苦手。趣味興味の幅が広く、音楽・読書・テレビ等話題を振れば大抵は返事が返ってくる博識。学校の勉強よりも雑学に強い。 | |
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…え!?な、なに……(ガシャンガシャン、と近くで響いた音に驚いてはっと我に返る。恐る恐る音がした方へと振り向くと、視界に入ったのは倒れている数台の自転車とその近くに佇む男子。どうやらこちらを見ていたようで、視線がかち合ってしまった。数秒目が合ったまま固まっていたのだが、その場に荷物を置くと不意にふらりと倒れた自転車の方へと歩き出す。)………あー、その、ごめん。(さっき想いを伝えてくれた彼にまた会えたら謝らなければ、なんてことを考えていたせいか、口をついて出たのは謝罪の言葉であった。今目の前にいる彼に対して特に謝らなければいけないようなことなどしていないはずなので、もしかしたら不思議に思われたかもしれない。倒れた自転車をゆるゆると元に戻しながら、彼はいつからここにいたのだろうか、などとふと思案を巡らせ一人で気まずくなってしまった。普段初対面の相手に話しかけたりすることなど滅多にないのだが、粗方自転車を直し終えて荷物を取りに戻りながら意を決して声を掛けてみる。)あのさ、もしかしてキミさっきの――…(「見てた?」と聞こうとしたところで、鼻先にぽつりと一滴。ちょうど屋根のあるところから出た瞬間降り出してきてしまったらしい。こちらから声を掛けてしまった手前去ったりすることもできず、途方に暮れてしまった。)
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(視線が合う、そのまま数秒。逸らさなければ、西野がそう思うよりも彼女が動き出す方が早かった。こちらへ向かってくる彼女に珍しく内心慌てるも、その表情はいつも通り柔和で穏やかなそれで。)いえ、こちらこそ驚かせてしまって申し訳ありませんー。(お得意のへらりとした笑顔向ければ、倒れてしまった自転車を直しにかかろうか。手伝ってくれる彼女に「ありがとうございます。」と手を動かしながら礼を伝えて。さて、自転車を直し終えれば西野の意識は彼女の方へ。こちらが声を掛けるよりも、やはり彼女の方が早かった。…途切れた彼女の言葉の続き、理解したけれど。雨に気付けば鞄の中から紺の折り畳み傘を取り出し広げ、彼女に差し掛けた。)すみません、見るつもりはなかったんですが…彼、僕の友人なんです。(苦笑浮かべて、昼休みの友人の顔を思い浮かべる。彼女の事を語る友人は、とても穏やかな表情だった。)
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(相手が礼を述べてくれたならば、「どういたしまして」の言葉の代わりにぺこりと無言のまま小さく会釈。口に出せなかったのは今更ながら人見知りを発揮してしまったからであろう。)え、いいよ、キミが濡れちゃうでしょ。(傘を差してくれた彼の優しさはありがたかったのだが、そっと押し返してしまった。傘を忘れてきてしまったのは村野自身の問題なのに、そんな自分のせいで彼が濡れて、さらに風邪なんて引いてしまったらと思うと申し訳なくなってしまったのである。どうやらその気持ちは少し表情にも表れていたようで。だが、続けて彼が発した言葉には驚き目を丸くするのだった。)そう、なんだ……、(続けざまに「てことはキミも一年…?」と確認するようにぽつりと呟いて。告白現場を見られていたことに驚きはなかったが、先ほどの彼と今目の前にいる彼が友人同士だなんて思いもよらなかった。)…いい人そうだね、あの子。なのにそれに応えられなかったし、ありがとうもごめんも言いそびれちゃってさ。(人の良さそうな彼なら聞いてくれるかもしれない、そんな思いからほとんど独白のような語り口で言葉を紡ぐ。こんなことを言ってしまったら責められるかもしれない、なんて少し怯えつつ。押し返したことで彼が傘を引いたにしろ引いてないにしろ、村野の肩は少しずつ雨で濡れ始めてきているはずで。)
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(小さな会釈が返ってくれば、微笑み返して。異性が苦手なのか単なる人見知りなのかは解らないが、相手に少しでも安心感を与えられればと。押し返された傘、抵抗はしなかったがその代わりにもう一度彼女に差し掛けて。)すみません、ちょっと持っててもらえませんかー?(人当たり良く、を意識して行動する西野だが、時には強引さも見せる。半ば無理矢理彼女に傘を持たせたのなら、再度己の鞄を漁って。レインコート取り出せばそれを着てしまおう。フードも被ったけれど、顔が隠れてしまわぬように控えめに。)これで僕も大丈夫ですー。なので、傘はどうぞ。傘さして自転車は危険ですしね。(へらりと表情崩した西野からは先程の強引さは消えているだろう。確認するような呟きにはこくりと頷き返し。)1-3の西野輝と言いますー。先輩のお名前伺っても?(小首傾げて少しだけ可愛い子ぶってみる。本当は知っていた。彼女の名も、クラスも、部活動も。こうして話すのは初めてだけれど、彼女の顔も以前から知っている。それは全て友人からの情報、ずっと彼の話を聞いていたから。)応えられないのは、仕方ないかと。初対面の相手からの告白を受けるのは、難しいですから。……なら、今度彼を見かけたとき。もし、貴女に友人から、という気持ちがあるのなら彼の名前を聞いてあげたらどうでしょう?その気がないのであれば、挨拶だけでもしてあげればと思います。(穏やかだけれどもしっかりとした声、彼女に届きますように。彼は西野の友人で、西野も彼の応援をしていたけれど。でも今目の前にいるのは彼ではない、彼女だ。だから、今は彼女の立場に寄り添うべきだと。彼女の肩が濡れ始めていることに気付けば、また鞄に手を伸ばし。片手で取り出したタオルを彼女の肩に、もう片方の手は雨が彼女を濡らさぬよう、押し付けた傘の柄を少しだけ傾けようと。)
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(押し返したはずの傘を持たされてしまうとさすがに戸惑うような表情を浮かべるが、彼が目の前でレインコートを着込んでいるうちにその表情も徐々に解れて。己が抱いていた心配も杞憂に終わってしまったのと、今この状況がなんだかおかしく思い始めて、つい「ふは、」と声を漏らして笑ってしまった。恐らく彼に初めて笑顔を見せたのではなかろうか。)ありがと。そっか、チャリ通だからここにいたんだ…。じゃあ傘ちょっと借りとくね。(いつの間にか彼の表情も解れていて、警戒心が解け始めたのか村野も友人に見せるような柔らかい表情を浮かべているのだった。ほぼほぼ独り言のつもりで発していた呟きに反応されると少し驚いてしまうも、こちらも自己紹介をと慌てて立ち直る。もちろん、彼が自身の名前を既に知っているなどとは露も知らずに。)あ、えっと……村野千歳、クラスは2-5。よろしく…って言う状況なのかよくわかんないけど、まあ……せっかくだし一応、よろしく。(もう一度小さく会釈。それからは彼の話に耳を傾ける。友人が関わっているからだろうか、真剣に考え話してくれているのが嬉しくて、こちらも真剣に聞き入ってしまった。)うん、今のところあたしの答えが変わることはないんだろうけど……でもせっかくだし、一回くらいちゃんと話してみたい…かな。名前とかクラスとかもそのとき聞いてみる。ありがと、キミ―…じゃなくて西野、優しいじゃん。(傘の差し方が下手なのか、ちゃんと差しているはずでもどこか片側が濡れてしまうのはいつものことだった。話を聞いてアドバイスしてくれたり、タオルを差し出してくれたり、傘の角度を変えてくれたり――そんな彼の優しさを受けて茶化すように声を掛けると、手を伸ばしてレインコートから覗く彼のふわふわとした髪にそっと触れて、拒否されないならそのまま数回撫でてみようかと。もちろん彼の方が身長も高いので腕を挙げることになり、また少し腕が濡れてしまうのだが、あまり気に留めていない様子である。)
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(戸惑うような表情を彼女が浮かべようが、構わずにレインコートを着込んで。段々とほぐれてくる彼女の表情に、内心ホッとした。そして笑顔みせてくれた彼女、その事に西野も嬉しそうに微笑んで。)はい。帰ろうとしたところに偶然…隠れてやり過ごすつもりだったんですけど、失敗しましたー。(とけらり笑う。彼女が少しでも打ち解けてくれたように感じて、嬉しかった。「傘はいつでも構いませんので、お暇な時に返していただければ。」と添えよう。)よろしくお願いします。千歳さん、とお呼びしても構いませんか?(会釈に会釈を返した後は、そう問うて小首傾げ。勿論彼女が嫌だというのであれば、苗字で呼ぶことにするけれど。)それだけでも、彼はきっと喜ぶんじゃないかと思います。だって、僕だったら嬉しいですから。――ありがとうございますー。(恐らくだが、彼は彼女に話しかけられたら喜ぶだろう。それは彼を知る西野だから思う事だけれど。でも、自分が同じ立場だったら…きっと自分も喜ぶだろう。それも本当の事。優しいと言われれば、照れたように笑って。伸びてきた手、それが己の髪に触れたのなら気持ちよさそうに目を細め。それは飼い主に撫でられる犬のよう、彼女の身長に合わせるように頭を垂れて。彼女の気が済むまでそうしていよう。そして、彼女の気が済んだのなら、先程のタオルを渡すはずで。)
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……まあ、友達の告白現場に遭遇しちゃうと気まずいよね。あいつ――…岡井は気付いてなかった?(受け取った傘は乱暴に扱わぬようそっと持ちながら、彼の柔和な笑顔には人知れず癒されていた。「じゃあ今度、ちゃんと自分の傘持ってきた日に」と添えられた言葉には応えよう。ただ現時点で村野が少し気がかりだったのは、先ほどの彼――岡井が、告白の最中にしろ後にしろ目の前の彼の存在に気付いていなかったかどうか。自分のせいで二人の仲が拗れるなんてことがあってはたまらないのだ。)え?……うん、いいよ。好きに呼べば。(初対面の男子にいきなり下の名前で呼ばれるなんてことは今まで滅多になく、一瞬驚いてしまった。しかし、彼の人柄の良さのおかげだろうか、嫌悪感などは一切なく。提案には少し照れくさそうにしながらも頷いて見せた。)まあほら、これも何かの縁だと思うし。…あ、でも一年ってことはこれからしばらく三階まで通わなきゃじゃん。(付け加えた文句のような言葉は勿論冗談のつもりである、少し悪戯っぽい笑みを浮かべていたので相手にもそれば伝わっただろうか。実際彼を撫でながら、村野自身も家で飼っている犬を撫でているのと同じような気分になっていたのだが、それは彼には黙っていよう。さすがに彼にいろいろ世話を掛けすぎた自覚があるのか、撫で終わったあと渡されたタオルを目にして、どうすべきかとやや困惑してしまうだろうか。)
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気まずいというか、申し訳ないというか…恐らくですけど、気付いていないと思いますー。なので、これは僕と千歳さんの秘密ですね。(「なんて。」とふざけたように笑って。もし彼が事実を知ったとして、驚きはするだろうが怒りはしないだろう。けれど良い気はしないだろうと思うから。彼女が彼を気遣っていることが嬉しかった。恐らく彼の気持ちは彼女にとってはある意味迷惑な押し付けだっただろう。それにも関わらず友人との仲を気遣ってくれる彼女の優しさが西野は嬉しかった。――添えた言葉に返ってきた言葉にはこくりと頷いて「わかりましたー。」と。)ありがとうございますー。(へらりと柔和な笑みを見せて。彼女の驚き、感じ取れたが頷いてくれたから勝手に結果オーライだと思う事にしよう。冗談投げられればくすりと笑ってからワザとらしく溜息吐いて。)そうなんですよー…僕、体力ないので階段上がるの嫌なんですよね。3年生が羨ましいですー。(勿論、冗談である。体力がある方ではないのは確かだが、3階まで上がるのも嫌だと思うほどではない。それに急いで年齢を重ねたいとも思っていない。ワザとらしい溜息の後に彼女を見遣って、訪れる一瞬の沈黙。それから徐にあはは、と笑い声あげるのだ。)タオルも傘と一緒で構いませんよ。(困惑した様子を感じ取れば、口元和らげてそう告げて。)
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二人の秘密……って思うとなんかちょっと照れるんだけど、まあ、わかった。(男子との秘密の共有などという経験は今までの村野にはあまりなかった。それ故言葉通り少し照れた様子を見せはしたものの、決して村野は口が軽いというわけではない。むしろどちらかといえば秘密や約束はしっかりと守る方である。目の前の彼に宣言したとおり件の彼に話しかけることがあっても、恐らく会話中に「西野」という名は余程のことがない限り出さないだろう。)あたしはたぶん、……少なくともしばらくは西野って呼ぶと思うけど、もし嫌だったら言って。(村野自身、初対面からいきなりは無理だとしても、親しくなれば相手を下の名前で呼ぶことも多い。せっかくだからいつかは名前で呼べれば、などともうっすら考えていた。)この学校にいる限りみんな通る道なんだから、まあ…頑張りなよ。(一瞬心配してしまったのだが、最後に聞こえたため息からして恐らく彼も冗談なのだろう、と読み取れた。ふ、と軽く笑みを浮かべてさらりと躱してみる。その後彼の優しげな表情を見て、まだ少し躊躇い気味ではあったものの、好意に甘えてタオルをしっかりと受け取った。)わかった、…ありがと、西野。何かお礼しなきゃね。……というかさ、結構長々引き止めちゃってたよね…急いでたりしてない?(そういえば彼は帰ろうとしていたところのはずである。もう一度少しだけ空を見上げた。雨はまだ到底止みそうにない。)
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ふふ、確かに秘密ってちょっと照れますね。(言いながらも浮かぶ笑みは照れているというよりも、楽しんでいるという方が合っているが。彼女の性格、深いところまではまだわからないけれど、なんとなく不用意に言いふらしたりするタイプではないような気がした。)嫌じゃないですよー。僕がお名前で呼ぶのは僕の好きでやってることですし、千歳さんが苗字で呼ぶのも名前で呼ぶのも自由だと思ってますから。なので、いずれ名前で呼んでいただけるようになったらそれはそれで喜ぶだけです。(嘘ではない。本心だ。でも悪戯な笑みで沿う言うのは、少しでも彼女に気を遣わせたくないだけ。)…そうですね。後2年頑張りますー。(冗談が通じたのなら、最後まで冗談を貫き通してこの話はお終いとしよう。彼女がタオル受け取ってくれたのなら、なんとなく嬉しくなって、自然と表情は緩む。)お礼なんて気にしないでください。千歳さんが風邪ひかないでくれたらそれで充分ですー。あ、そうですね。結構時間経っちゃってましたね。僕はこのまま家に帰るだけなので。千歳さんはお時間大丈夫ですか?(なんて言いながら、彼女に釣られるように空を見上げて。そして自分がずっと話しかけていては彼女もこの場を去れないだろうと気付けば「じゃあ、僕はこれ以上雨が強くならないうちに帰りますー。」と自転車に跨ろう。そしてへらりと笑って彼女に手を振れば、その場を後にしようか。)
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(彼が何を考えていたか、当然村野には知る由もないのだが、当然秘密は守るつもりであった。その内容が自身が関わっている事柄なのだから尚更である。)……まあ、気が向いたらそのうち、輝って呼ぶかもだけど。(会話のついでに試しに一度名前で呼んでみたが、やはり少し照れが混じってしまった。話し方も少し辿々しく聞こえたかもしれない。だが、もしまた彼と話す機会があるのならば、親しくなれるのであれば、いつかは名前で呼ぼうという気持ちは変わらず。)…いや、あたしが気にするんだって。何か考えとく。うん、あたしも今日は部活もバイトもないから平気。西野も風邪、気をつけなよ。じゃあ……ありがと。(別れ際、タオルで口元を少し隠したのは照れ隠しである。去ろうとする彼にこちらも小さく手を振ってその背を見届けると、先ほど拝借した傘を開いて帰路に就こうか。こうして彼と話したおかげで、岡井を傷つけてしまったかもしれない、なんて罪悪感はかなり薄れた。未だ雨は止みそうにないが、村野の心は晴れやかだった。――ちなみに、その後しばらく玄関に立てかけた傘と洗濯して綺麗に畳まれたタオルを見る度、「いつ返しに行こうか」と悩んでしまう…なんていうのはまた別のお話である。)
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