(黒雲が招くはアンハッピーエンドか)

(その連絡が入ったのは2限目終りの休み時間、閉した窓の向こうに暗い雲が広がるその景色を頬杖を突き眺めていた時のこと。右ポケットが震えるのを感じて、頬杖を突いた方では無い手で携帯を出すとロック画面にメールの差出人の名前が表示されていて。相手からは過去にも時々連絡が来ていたし、会えば少し話もする。いつもの感じでパスコードを入力してメール画面を開くのだが。「話があるので放課後中庭の桜の木の前に来てください。」短い本文だった。己も「わかった。」と短く返信して、役目を果たした携帯は再びポケットへ。一体何の話なのか特に気にすることも無く、その後の授業に集中して過ごし迎えた放課後。相手は後輩なので教室は上階、其の為一足先に中庭に到着した。花壇がどうしても気になってしまい芽吹く雑草を抜いていたが、後方から名前を呼ばれたので立上って声の主へ体を向ける。思いつめた様な表情の相手に只ならぬ気配を感じて「今日はどうしたんだ?」と問いかけながら歩を進めて近くへと寄る。「私…白石先輩のこと、ずっと好きだったんです。…付き合って、くれませんか。」目を合わせずに顔を真っ赤にし消え入るような声でそう告げられて、思考が一瞬停止してしまう。言葉の意味を咀嚼するのに時間がかかるのは今に始まった事でも無いが、今回は特に時間がかかってしまった。「…ありがとう。でも、ごめん。」その気持ちには応えられないことを正直に。「……そう、ですよね。すみません。」歪んだ笑顔で踵を返して駆け出してしまったけれど、泣かせてしまったのではと先程のやり取りを反芻して。とりあえず、雨が降ってしまう前に戻ろうと己もこの場を後にしようと思ったところ、己と彼女以外に此処に人がいたことに気が付いて、ばっちり目が合ってしまった。さっきの話は聞こえていたのだろうか。何事もなかったかのように通り過ぎるか、何か気の利いた一言を掛けるか、どちらか出来ればよかったが、どちらも出来ずに見つめ合う形になってしまって―)

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佐藤麻衣子(さとうまいこ)
同じ中学出身の後輩で、中学時代に保健委員で知り合った。今でも時々連絡を貰う事があるので、メールでやりとりすることも。どちらかといえば大人しいタイプだが人見知りではない。

(仲の良い先輩に「わたし明日告白する」と聞かされたのはつい昨日の事。いつもいろんな相談に乗ってもらっている篠井からすると、彼女の其の発言には食べ賭けのお弁当箱をつい落としそうになったのは無理もない。今まで恋愛系の話題からは遠ざかっていたので、彼女も篠井と同じような感情なのかと思えば恋愛をしていた事に耳を疑った。「今日はエイプリールフールです?」なんて失礼な発言を彼女に返せるのも、心を許している証拠。何か話したい事があれば、連絡を取り屋上でお弁当を食べる仲。勿論年齢は違うが、親しく話せるのも彼女の愛嬌からなのか。それとも篠井とは違う、大人しい雰囲気から受け止めてもらえる喜びを篠井が感じているからなのか。どちらにしろ、告白をすると聞かされれば応援するのは当たり前。「がんばってください!」と両手を握り彼女の成功を願うばかり。ーーそういえば彼女は誰に告白するのだろう?…そんな肝心な情報を聞くことも何時にどこで告白することも聞いていない。もう成功して一緒に帰っているのではないだろうか?なんて二人の姿が見えるかなと思いながら、ふと窓へと視線を動かした。今にも雨が降りそうだ。)いけない、わたしもはやくかえろうー!(バタバタと足を動かしながら近くの空き教室を横切ろうと。すると視界に入るのは先ほど探していた先輩。あ、声をかけようとするが其の口はすぐに閉じられた。泣いていたのだろうか?それとも…。ただ彼女の背中を見送るしかできなかったのだ。だからこそ気づくのが遅れてしまった。中にいた人物に。)あ…、えーと。こんにちは。(次は口から声が漏れてしまった。咄嗟にでた挨拶。相手はきっと先輩だ。そして篠井の視線は行き場をなくしたかのように彷徨うのだ)

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佐藤麻衣子(さとうまいこ)
家が近所のため年齢は違うがたまに昼食を屋上で共にする中。相談相手。篠井からすると1つ上の先輩。

(好意を寄せてくれている人がいただなんて、ゆめゆめ考えもしなかった。そういうものに興味を抱いたことも無ければ、特定の女性に対してそういう感情を抱いたことも無い。だから気持ちに応えられないのは仕方が無いのだと言い聞かせるが、胸の奥にある蟠りは解けそうもなかった。見方を彼女が足早に駆け抜けた先、中庭から繋がる空き教室へ目線を送る。もう其処にはいない、傷つけてしまったであろう彼女へ思いを馳せながらも、今はとにかく雨が降り出す前に屋根のある所へと己も空き教室へ向かったのだが。)………………あ、ああ。こんにちは。(いつから其処にいたのか、見知らぬ少女の存在に全く気が付かなかったので呆気に取られてしまって中々言葉も出て来ずに。元々反応は鈍い方だが、それにしたって投げられた挨拶に応えるまでの間が長すぎた。彼女の定まらぬ視線は気まずさから来るものだろう。とりあえず、この状況を打破すべく何か言わなくては。)……ええと、君、いつからいたんだ?さっき、此処を女子生徒が通らなかったか?(感情が表に出るタイプではない、話す声色も顔つきも普段と何ら変わらず冷静に見える筈だ。妙に長ったるい間だけが、今の心情が普通では無いことを示唆していることだろう。)

(告白は成功するものだと。きっとそれは彼女の想像でしかない話だった。先程見えた先輩の背中から、結果は分かってしまった。其れとも分かりたくなかったのか。すぐに声をかけられなかった、追いかけられなかったのは何を話したらいいのかが分からなかった為。容易い慰めなんて今は受け取ってもらえないだろう。)……えーと、いつからだろう。あ、今です今来たばっかりで。女子生徒…ちょっと分からないかもしれないですね。(彷徨う視線は問われれば彼へとうつる。落ち着いた雰囲気の先輩、それが印象的で。彼は自分が見た後ろ姿の相手を探しているのだろうか、其れとも別の生徒なのか。彼女の中で自問自答を繰り返し、改めて彼に問うてみようと。)もしかして、今日告白されちゃったりしましたか?(覗き込むように小さな口元が動く。初対面の相手に失礼とは承知の上だが、ただ仲の良い先輩のために自分が何をできるのかと聞かれたら、そう問いかけるしかできなかったのだ。)

(少女と対峙して間も無く、打ち付ける様な俄雨が降り出した。降られる前に逃げ込んだ空き教室は薄暗く、眼前の彼女の表情ははっきりとは識別出来ない。彼女へ向けた問いかけに対する返答は随分と曖昧だった。いつから此処にいるのか、本当に女子生徒を見なかったのか、何方も何処か引っ掛かる。疑念を抱くも名も知らぬ少女に対して問詰めることなど出来る訳がない。表情を変えずに「…そうか。」とだけ、雨音にかき消されそうな程に小さな声で零すのだが。覗き込むように見上げてくる少女の次の言葉は確実に核心を突いて来るもので、再び不自然な間が空いてしまう。少女を見遣る己の瞳孔が開く。)……どうして、そんなことを聞く?君は、佐藤さんと知り合いなのか…?(彼女の質問には答えなかったけれど、逆に持ち掛けた質問が肯定を表すのは瞭然だろう。先程の証言が正しければ告白の瞬間は見ていない事になる筈。何故そんな問いかけが出てくるのか、佐藤さんと彼女に繋がりがあると考えるのが普通だ。矢張り感情は見えにくいけれど、深堀して良いものかと心底では腫れ物に触る様な感覚だった。)

(逆に問われてしまえば、一瞬で小さくなってしまう口元。先程一瞬過った自分にできるであろう手立てはすぐに崩れた。いつも早足で動く口調は今日は静かである。耳に侵入してくる雨音は彼女の気持ちの邪魔をするには十分であった。雨が降るまでに帰りたかったなんて今更もう無駄な抵抗。それよりもこの場をなんとかしようとーー)そうなんですよ。佐藤先輩と知り合いで、佐藤先輩が今日告白するって言ってたのでもしかして相手は先輩かなーなんて思って……。(己の語彙力の無さを痛感してしまうかのように眉は大きく下がって。ただ開き直るに限る。仲良い先輩の詳細と初対面の先輩とを天秤に掛けた末、此処は最後まで話しを聞こうと切り出した。)他に好意をもってる方がいらっしゃるとか?(ちらりと視線を持ち上げては、おずおずと口を開いて問いかけてみせ。勿論相手が対象の人物ではなかったら、話しは別だが。)

(逆に問うた言葉は彼女を黙らせてしまった。眼前の少女が日頃どんな性格をしているかなんて、初対面の己には知る術は無いけれど、困らせてしまったかとも思われた。答えたくないならば黙秘してくれても良い、無理をする事は無いと言葉を掛けようと思ったが、その前に返答は返ってきた。ただ、まるで困ったように下がってしまった眉を見れば如何したって問うた事を後悔してしまう。気の利いた言葉など持合せていない、先程と全く同じ調子で「…そうか。」と全く同じ言葉を落とすだけ。)さっき、佐藤さんに告白された。(最初に掛けられた問いに答えながらも、肌に睫の影が落ちる程に目を伏せたのは、仲の良い後輩を傷つけてしまった罪悪感からだった。更に続く少女からの質問には首を緩く横に振る。)いや…別に。今、特別視している女性はいないよ。それは佐藤さんも含めて、になってしまうが。(陰鬱な溜息を吐いてはあの後輩を恋愛対象として見れていないことを独り言の様に零す。徐に顔を上げて、眼前の少女を見遣れば、)君は佐藤さんと仲が良いんだろう?いきなりこんなこと言われて困るかも知れないけど…フォローを頼んでも良いだろうか。暫くは、俺の顔を見たくないと思うから。(名も知らぬ少女に対してあまりにも酷なお願いをしている事は重々承知している。軽く頭を下げ、そして今度は己が眉を下げる番だ。)

やっぱり、正解でした。(目の前の人物が対象の人物だと分かれば安堵の息が小さく漏れて。ただ、彼から落ちる影に篠井の心は緊急ブレーキで静止。相手を困らせたいわけではなかったのだ。思いを告げるのも、それに応えれないのも誰の所為でもないのだとそう伝えたく、しかし上手い言葉が見つからず開きかけた口は再び閉じてしまうのだ。己の質問への返答が耳に聞こえれば、「そうですか…」とポツリと声を漏らし。恋愛って難しい、そう頭に過ると同時に先程見送った相手の後ろ姿を思い出す。)フォローなんて、上手くできる自信ないですが。あ、でも佐藤先輩は先輩の顔を見たくないなんて思わないですよ、絶対。あんなに告白するとき微笑んでましたもん!めちゃくちゃ先輩のこと好きなんだろうなーってわたしでも感じましたし。だから…時間はかかるかもしれないですが、そんなこと絶対にないです。初対面のわたしでも先輩の人柄はなんとなくわかるので、わたしが佐藤先輩だっても先輩の顔を見たくないなんて…思わないです。(先程何度か閉じた口から飛び出たのは自分でも驚くような言葉の数々。いつもよりも高いトーンで早く動く唇から慌てて相手への弁解の言葉を延べる。だた、彼に頭を下げられる立場ではないにしろ自分に対してマイナスに考えないでほしいと願うばかりであって。)だから、頭なんて下げないでください。(緩く微笑む口角と共に重ねる言葉は、彼が顔を上げてくれるのを待つかのように告げてみせ。)

(彼女の開きかけた口は何か言おうとした様に見えたが、遂に其れを聞くことは無かった。質問には俯きつつも嘘偽りなく正直に答えて、其れに対し小さく漏れた彼女からの返答からは僅かながら困惑の色が感じられたものだから、佐藤さんだけでは飽き足らず眼前の少女まで傷つけたのではないかと、思考は何処までも悪い方へと向かってしまう。けれど不躾なお願いをしてから、投掛けられたのは予想に反する明るい言葉の数々で。まさか2つも年の離れた少女に元気づけられる日が来ようとは。言葉通りに顔を上げれば、微笑を湛えた少女と目が合った。)…ありがとう。佐藤さんの気持ちに気付かずにいた俺は、正直物凄く、酷い男だと思う。けど、落ち着いた頃に話しかけてみる事にするよ。苦労を掛けてすまないな。…君は優しい子だな。えっと…そういえば、名前をまだ聞いていなかった。俺は、3年2組の白石翼という。…君は?(まるで救われた様で、己も彼女と同じくらい、もしくは其れ以上に深い笑みを湛えながら、彼女への感謝と、今の気持ちと、そして自己紹介を順に述べてはゆるり首を傾げて彼女の返答を待とう。)

(「優しい子」という言葉が何度も頭の中で繰り返しリピートされる。今までそのような誉め言葉を言われる機会なんてあっただろうか。少し擽ったい心を抑えながら、再び彼を見やり。視線は照れくささから浮いたままだ。優しい子ではないですけど…とポツリを言葉を添えながらそれでも「ありがとうございます」と感謝の言葉を告げた。)1年5組の篠井未桜です。桜って書くのに夏生まれなんですよねこれが。(先程のどこか感じる静けさをかき消すかのようにいつもの冗句を付け加えながら、相手に伝わったかどうかは定かではないが、「えへへ」と空笑いも混ぜながら。)白石先輩、ですね!わたし先輩っていう人と話す機会が今まであんまりなかったのでうれしいです。これでもうお友達ですよね??(基本人見知りしない篠井は名乗ればもはや友達同然。相手が先輩だろうと知ったこっちゃない。へらりと緩まる頬と持ち上げられた口角の笑みと共に彼へ問いかけた。)白石先輩、雨降っちゃってきましたけどどうします?(ふと持ち上げた視線の先は大粒の雨と共に映る景色。先程の明るさは嘘のように暗くなっていて。絵具の筆でぬたくったそんな色。)

(彼女から発せられる小さな否定の言葉は鵜呑みにせずに「…こういうのは、自分では気付きにくいだろうから。」とさり気無く肯定的に捉えた旨を伝えておこう。告げられた感謝の言葉には「…いや。」とだけ、御礼を言われる様な事では無いから。)…桜の花言葉には、優美な女性、という意味がある。お上品で美しいという意味で…篠井さんの親は、そういう子に育ってほしくて、その漢字を選んだのかもしれないな。(雰囲気を変えようという彼女の機転に気付けたかといえば、其れは不可能だったのだろう。夏生まれの少女に桜という字を宛てがわれたのは決して可笑しくは無いと思って、至極真面目に返答をしてしまうのだった。彼女が己の名を呼んでは笑顔でお友達だなんて言うものだから、数度双眸を瞬かせたけれど再び表情を緩め)…そうか、それは良かった。お友達………そうだな。篠井さんみたいな優しくて明るい人が友達になってくれて、俺も嬉しい。(パーソナルスペースが狭いとでも言うべきか、ほんの少しの遣り取りでお友達認定してもらえるならば其れは其れ、拒否する理由も無ければ己の心情も素直に伝えておこう。雨雲を見上げては今後について問うてくる少女には己も同じく暗い雲を見遣っては)そうだな…傘はあるが…俺は雨脚が弱まるまで、少し待とうと思うけど。篠井さんは如何する?(彼女が己と同じように少し学内で待つならば、当り障りのない話でもしながら雨が弱まるのを共に待つことになるだろうか、そうして小雨になった頃に昇降口を出、成り行きで共に帰路に着くjになるかも知れない。直ぐに帰るというならば、気を付けて帰る様に告げては此処で別れる事となるだろう。どちらにせよ、後輩からの思いがけぬ告白をきっかけに出会った心優しい少女へ抱く感謝の気持ちは変わらない。)

というか、白石先輩のほうが十分優しい先輩ですよ。(気づきにくいにどこか納得してしまうのは自分と彼が似ているようなそんな気がして。素直に告げてくれる相手へ自分も感謝の言葉を延べつつ、小さく微笑みかけて。)あ、なるほど。白石先輩お花のことよく知っているんですね?でもお上品‥にはかけ離れてしまっていますけど、そう思うとなんだか自分の名前がちょっぴり好きになりました〜。(彼の言葉に一瞬驚いたように双眼を見開いてはすぐに緩んでしまう頬。先程から彼の言葉は自分の気持ちを安心してくれる、そんな空気に包まれてしまう。だからこそ先輩は彼のことを好きになったのだろうと少しの時間でもそう感じるのだ。)…何か白石先輩って誉め上手というか、天然さんというか。そんな嬉しいことばっかり言っていると佐藤先輩だけじゃなくて別の人も気になっちゃいますよ?(口を尖らせながら「これは後輩の忠告ですー!」と付け加えると共に遠慮なしに人差し指を突き出しながら、どう見ても生意気な後輩にしか見えないのだが其れでも彼の言葉に素直に返せないのは照れ隠しからか。)何か嫌なことがあったり、凹んだ時はいつでも呼んでくださいね?自称明るい人が白石先輩をもっと明るくしちゃいますからね、なんて。(最後はへらりといつもの篠井らしく笑って言葉を重ねながら。)じゃあわたしも一緒に待っていいですか?お友達記念ってことでもっといろいろ白石先輩について根掘り葉掘り聞いちゃいたいので。(どちらにせよ、雨が降っているには変わりない。例え早く帰ったとしても特に目的があるわけでもなし。それならば、この雨の中必死に帰る必要もないだろう。きっと今日のことを佐藤先輩に話すことはないのかもしれないが、いつか3人で話せる日が来たらいいななんて思いながら、再び視線は外と彼を交互にうつしていくはずで。雨脚が弱まったその時には、もっと彼のことを知れている篠井がいるのかもしれないーー)