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(クチナシの香りに誘われて―) |
(放課後。今にも泣きだしそうな空に、少しでも花壇のお世話をしようと裏庭へと向かった。空が泣き出してしまえば温室に行く心算ではあるが、雨が降れば雑草は元気に育ち手間が増えると分かっているので、少しでも花壇の手入れをしておくために放課後は人気が少ない裏庭へと向かった。花壇の傍にしゃがみこみ、作業をし始めると仄かな甘い香りが漂い、その香りに覚えがあったのでここにあっただろうかと首を傾げつつ、周りを見渡せば後ろに立つ男子生徒の姿を見つけた。『宮元さん、だよね?』目が合った時に問いかけられ、立ち上がり彼をの方を振り返ってはい、と答えながらも、頭の中はフル回転で知り合いだろうかと考える。一つだけ思い出したのは、春先の花壇で花の名を問いかけられ、一言二言言葉を交わした事。けれど何故自分の名を知っているのか疑問を抱きつつ、ぱちりと瞬き彼の言葉を待って。『俺は3年の結城忠宏。久しぶり、かな?』悪戯に告げる彼にこくりと頷けば、嬉しそうに彼の口元が綻ぶ。次いで彼が紡いだ言葉は告白で、付き合ってほしいという内容。驚きと恥ずかしさとで瞠目し頬を赤く染めた宮元に『これ…受け取ってもらえるかな?』と彼が差し出したのはクチナシの花で、その意味は花が好きな宮元には分かってしまった。彼が持っていたクチナシの香りだったのか、と思いながらも『申し訳ありませんが…受け取ることは、出来ません…。』一言、そう告げるのが精一杯だった。それでも彼に伝わったのだろう、寂し気に、そうか…と一言ため息と共に彼の口から零れた言葉。『でも、俺の事を知って貰えたから、それでいい事にするよ。またね。』彼から視線を逸らすことなく見つめていた宮元ににこりと笑んで軽く手を振った。去っていく彼の背を見送りながら何も言葉は出なかったけれど、自分を見てくれた人がいるという恥ずかしさと、申し訳なさとで複雑な気持ちを抱え、緊張していたのかほっと一つため息が零れ、クチナシの残り香の中その場にしゃがみ込んだ。)
----------------- 結城忠宏(ゆうきただひろ) 3年生の一度言葉を交わした事のある先輩。 高身長で穏やかな雰囲気を持っている。 | |
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(遡る事数時間、昼休みに裏庭で昼食を摂ったのは、過去に何度もクラス分けテストが実施されたにも関わらず、毎回必ず一緒になる友人からの誘いの為だった。曇天の下、二人隣合せにベンチに腰を落着け弁当包にしていた大判ハンカチを膝の上に広げて、何気無い会話をして居たと思いきや唐突に真剣な顔ばせに成るのだから不思議そうに双眸を瞬かせる。聞けば放課後、予てより想いを寄せていた女性に告白をするというのだ。彼と恋愛の話をするのは初めてでは無い。小柄で可愛らしい女の子で、よく花壇の世話をしている。一度しか会話をした事は無いが彼女の心優しい所に恋をしたと告げられたのは記憶に新しい。まさかこんなに早く告白に臨むとは予想外で、けれど頑張れと言う事しか出来なかった。時は移ろい放課後、教科書類を鞄に仕舞う際に水筒が無い事に気付いた。屹度裏庭のベンチに忘れて来たのだろう。其の侭にしてはおけないので帰り支度を完全に済ませた状態で裏庭へと赴く。矢張り昼休みに腰掛けていたベンチの上に其れは有った。無事に回収して鞄へ仕舞い込み直ぐに帰る心算であったが。――「俺の事を知って貰えたから、それでいい事にするよ。またね。」聞き覚えの有りすぎるその声に顔を上げる。昼休みに告白すると聞いたこの場所が、告白現場に成ろうとは。去って行く彼は自身に気付かなかった様で、目が合わなかったが其の表情は暗いものでは無かったように思う。脈が無いのは最初から判っていたし、此れで終わりと云う心算も無い筈だ。鼻を霞めたクチナシの甘い香りを感じ乍、偶然とはいえ現場を目撃してしまった罪悪感を尻目に一人残った彼女の後姿を見詰める。然し直ぐに声を掛けるべきでは無いと踵を返すのだが、タイミングが良いのか悪いのか鉛色の空からぱらぱらと小雨が降り出したので、慌てて彼女へと駆け寄り片手に持っていた傘を広げて小さな体躯が濡れて仕舞わない様に差掛けよう。本当は見なかった事にしなくてはならない。分かっていても、出来なかった。)
----------------- 結城忠宏(ゆうきただひろ) 三年三組。社交的で誰とでも仲良くなれる。温和な性格だが遣るときは遣る。 三年間同じクラスで友達以上親友未満の関係。 | |
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(どれくらいの間その場にしゃがみ込んでいたのだろうか。きっとそれ程長い時間ではないはずだけれど、宮元にとってはとても長く感じていた。クラスメイトの男子とも自分から積極的に話すことも無く必要な時に話すくらいで、乙女思考ではあるものの恋愛初心者どころかマイナスにも近いため、こういう状況には慣れていない。クチナシの甘い香りの中で、思考回路は麻痺し、恥ずかしさと緊張とで心臓が騒ぎ、頬が熱を持ち赤くなっているのが自分でもよく分かる。クチナシの花言葉は『喜びを運ぶ』『秘められた愛』。欧米ではダンスパーティーの誘いに使われることもあるというそれを受け取ることは、彼をよく知らない宮元にはできなかった。風が吹いていないのか、クチナシの甘い残り香はなかなかその場から消えてくれなくて、宮元を包み込む。甘い残り香が強くなったように感じた時、しゃがみ込み両ひざに額を乗せた宮元の頭にぽつりと落ちた雫。空が泣き出したことに気づいたけれど、直ぐに立ち上がることは出来なかった。ふいに雫が当たらなくなり、そっと顔を上げれば傘を差しだしている女性がいて、慌てて立ち上がり。)あ…すみません。あの…貴方が濡れてしまいますよ。(「私は大丈夫です。」とまだ頬に赤みを残したままふわりと微笑み、彼女が濡れないように傘の柄をそっと押し返そうとして。)
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(彼から聞いた彼女の印象はおっとりとしていて自己主張は決して激しい方では無い、けれど困っている人がいれば必ず手を差し伸べるような人。一度話をしただけなのに随分と彼女について知っているのは其れだけ見ていたと云う事なのだろう。花が好きな彼女の事、告白をする際にも花を贈る事は決めていて随分と花言葉を調べたのだとか。自身は彼が選んだ花の名すら知らないが彼女には其の意味も伝わったのだろう。受け取って貰えなかったのも其の為だと思えた。ぽつりぽつりと遠慮がちに降り出した涙雨も徐々に存在感を増し軈ては本降りに成る事を示唆している様子。もう其処には無いのに不思議と強く感じられたクチナシの甘い香りも、何処と無く埃っぽい様なペトリコールが立込めれば何時しか覆い隠されてしまった。蹲る目下の少女が心配だったが、自身に気付きすっくと立上ったなら一瞬驚いた様に双眸見開き然し直ぐに目付きの悪い強面に戻るのだった。雨に濡れてしまう事を厭わずに柔らかく微笑を浮かべ傘を押し返そうとする彼女に「え、でも…」と戸惑う様な素振りを見せる。「……ごめん」と絞り出すように言葉を紡ぐと一歩距離を詰めて一緒に傘下に収まる。衣服が当たる位に肌が触れ合いそうな程に近付けば小柄な彼女と二人濡れないようにするのは難しい事では無かった。「えっと……宮元さん、だよね。何処か行くなら、送るけど…どうする…?」初対面の自身が彼女の名を知っているのは疑心を抱いてしまうだろうか、其処まで気が回らなかったのが正直な所だ。唯帰るだけなら昇降口までお供すれば良いのだが、放課後こんな所にいた園芸部員の彼女には未だ遣る事がありそうに見える。先の告白の件で少し話しておきたいとも思いつつ先ずは彼女の目的地へ移動する事としよう。若し遠慮して此の申し出を断っても易々と引く気は無かった。眼前の少女が風邪を引いてしまっては後悔の念に駆られるのは分り切っているのだから。)
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(傘を押し返した時に聞こえた戸惑いの声に、大丈夫の意味を込めてにこりと微笑んだ。小さな謝罪の声が聞こえたと思った次の瞬間に距離を詰められ、再び彼女が差し掛ける傘の中に居て。衣服が当たり肌が触れ合いそうな距離は、雨に濡れ少し冷えた体に彼女の温もりと優しさを伝えてくれて。先ほどまで混乱気味だった頭は彼女の温もりで安心し、少し落ち着きを取り戻すことが出来て「ありがとうございます…。」とふわりと微笑んで。)はい…宮元です。あ、ありがとうございます。えと…雨が降ってきたので一度部室に戻ろうと思いますが…タオルもあるので、大丈夫ですよ?(確かめるように名を呼ばれれば何故知っているか分からずにきょとりと一度瞬いた後に名乗って。送って貰えるのは嬉しいが、二人で傘を差して歩くには強まってくる雨に濡れてしまうと思われた。水を扱うので濡れることも多いし、雨に突然降られることも多いためタオルは部室に常に置いてある。一人でも大丈夫な旨を伝えるけれど、彼女を見上げた宮元は彼女の瞳の中に何か強い意志を感じて、)…お時間があるなら、送って貰ってもいいですか?それと、お名前も教えていただけますか?(柔らかに微笑み、彼女の返答を待つとして。了承を得られたのなら、お礼を告げるのも忘れずに。)
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(常日頃から仏頂面で愛想も無い自身と違って、目下の少女には人当たりの良い穏やかな魅力が有った。柔らかな笑みには不覚にも、同性であるにも関わらずどきりとしてしまう程で。半ば強引に距離を詰め傘へと収めたのは完全なる御節介で押し付けがましい事は重々承知だったのだが、ふわりと微笑み告げられた謝辞には「…うん。」と自身も少しだけ表情を和らげて。)部室…えっと、文化部だから…此処から近いよね。……服が濡れちゃったら、タオルだけじゃ、どうにもならないと思う…。(大丈夫とは言うけれど易々と引くことは出来ない、彼女の華奢で何処か儚げな形貌は危うさをも感じさせ、庇護欲が掻き立てられるのだ。其れを感じ取ってか最後には彼女の方が折れてくれて「うん、もちろん。」と返す言葉には安堵の色が滲む。互いに合意すれば歩調を揃えて文化部の部室まで歩みを始めることとなるだろう。名を問われれば「あ、ごめん…えと、3年の、白鳥。さっき其処にいた、ただひ…結城のクラスメイト、なんだよね。」と、自身だけ彼女の名を知って名乗らなかったことに謝罪を挟みつつ、先程彼女へ想いを告げた男子生徒との関係性も伝えておこう。「…ごめんね。さっきの、見るつもりじゃ無かったんだけど……変な事、言われなかったよね…?」好きな子に対して可笑しな事を言う様な人で無いと承知しているが、突然しゃがみ込んだのが気掛りだった。触れるべきかそっとしておくべきか悩んだ末、問う事を選んだのだった。)
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(優しく傘を差しかけてくれる彼女の謝罪の意味は分からないけれど、自分が述べた短い謝辞を受け入れてくれて少しだけ和らいだ彼女の表情に、宮元も頬を緩ませて。)はい、ここから近いので…少しぐらい濡れても問題なしです。あ…言われるとそうですね。結構降ってきましたし…。(近いとは言え部室まで歩けば濡れてしまうだろう強さの雨の降り具合なのは、彼女が差し掛ける傘に当たる雨音で判断出来、困り気に眉を下げ差し掛けられている傘を見上げて。彼女の申し出を受け、送って貰うことを願い出れば、快い返事とどこか安堵した様子に彼女の優しさを感じ、自然と笑みが零れた。―お互いが濡れないように歩調を揃え歩き、時折彼女の肩が濡れないように気づかれぬようにそっと傘を押し返そう。彼女の自己紹介に以前に花壇で話した事がある先輩と同じ苗字だと気づいたけれど、それを問う前に添えられた先ほどの先輩との関係を耳にして、彼女が言いかけた名前呼びに親しさを感じ思わず彼女を見上げ驚きで一つ瞬いて。再度告げられた謝罪の言葉と問われたことに、頬は僅かに赤く染まって、)あ、謝らないでください。白鳥先輩が謝ること、何もないですよ。それに…変なことは言われてませんので、大丈夫、です。ただ…経験がないものですから、吃驚してしまって…。結城先輩にも、失礼な態度を取ってしまっていないかと…。(恥ずかしさで頬を赤くしながら、たどたどしく言葉を紡いで。想いを寄せて貰った先輩に対し、一言しか返せなかったのは失礼だったかもしれないと、視線が落ち強くなる雨音に紛れてしまいそうなほど小さな声で囁かれて。)
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(裏庭から文化部部室までの道程を歩み乍ら、話題にしたのは先程の男子生徒の事。彼については自身が良く知っている、彼女を傷つける事など無いとは思っていだが念の為にと掛けた問いに、僅かに頬を染めて応える姿を身長差の関係で斜め上から見遣る事になるのだが。)…そ、そっか。えと、ありがとう?…行き成り、しかもよく知らない人に言われたら…吃驚しちゃうのは、仕方ないよ。…結城なら大丈夫だから、気にしないで。多分、宮元さんと少しでも話せて、喜んでると思うし…気持ちに応えられなくても、申し訳ないなんて思うこと…無いからね。(謝らないで、という言葉には謝罪に代わって疑問符付きの謝儀を。彼女が余りに嫌がる様であれば諦める様に伝えようとしていたのだが、仄かに紅差す頬を見ると未だ彼にチャンスが有るかも知れないと思えてならない。突然の告白に屹度いっぱいいっぱいだったのだろう、過ぎ去ってから先の応対を気にする仕草に、消え入りそうな小さな声に、胸中がきゅっと苦しくなる。最後に見た彼の表情は決して暗いものでは無かったから、心配無用の旨は真っ先に伝えておこう。更に付け加えた言葉は自身の想像でしかないが、強ち間違っていないだろう。)
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(雨が傘を叩き雨音が静かな中でやけに響くような気がするけれど、先ほどから感じる彼女の優しさと距離感が宮元に安心感を抱かせていた。謝辞には笑みを返すことで受け取ったことが伝わるだろうか。続いた気遣いを感じさせる言葉に身長差故に彼女を自然と見上げる形になって、)…ありがとうございます。恋愛ごとに免疫がなくて…結城先輩とも1度お話ししたことがあるだけですし…今は考え、られなくて。申し訳なく思うのも、断った側としては失礼かな…とか、いろいろ考えてしまって…。大丈夫…だといいのですが…白鳥先輩は結城先輩と親しいのですか?(言葉を探しながらたどたどしく自分の気持ちを話してしまったのは、彼女の優しい言葉の安心感と、自分の中の戸惑いを処理しきれなくて溢れたというのが正しいかもしれない。最後の問いは先ほどの彼の事を理解しているような彼女の話し方から湧いて出た疑問を口にしていた。)
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(此方を見上げる少女の笑みは、同性である自身でさえも可愛らしいと思えるから、クラスメイトの彼が入れ込むのも解る気がした。勿論其れだけの理由でない事は知っているが。)私も、そういうのには疎いけど…でも屹度、急いでするものじゃ、ないだろうから…断って正解だったと思う。気持ちが無いのに付き合うんだったら、そっちの方が…結城が可哀想だと思うから。だから、宮元さんは間違ってないし、心配もいらないよ。(慣れない体験で抱いてしまったであろう彼女の不安を少しでも払拭出来ないだろうかと思い紡いだ言葉達、自身も同様に恋愛事には縁遠いので気の利いた言葉など出て来ないのだけれど。不意に寄せられた彼女からの問いには双眸を瞬かせて、)あ、うん、多分。一年の時からずっとクラス一緒だし、話すことも多い…かな。結城は悪い人じゃないよ、女の子を見る目も、あるみたい。(すっと目を眇めて微笑むと、少し悪戯っぽくそんな事を付け加えようか。裏庭から部室までのそう遠くない道程、少しずつ目的地へと近付きながら。)
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(独白にも似た自分の言葉を受け止めてくれ、真摯に答えを返してくれる彼女をしっかりと見つめて、)…ありがとうございます。…断り方も、もっとあったかもしれないとか考え始めると止まらなくなってしまいますが…気持ちが無いのにお付き合いは、出来ないです。乙女思考かもしれませんが…お互いを想って、支え合うのが理想ですから。…ありがとうございます。白鳥先輩、優しいですね。(彼女の優しい気遣いかもしれないけれど、間違っていないと言われれば安堵してゆるりと笑みが零れた。)ずっと一緒のクラスで話すことも多いなら…親しいですよね。はい、とても優しそうだと感じました…って、え?(ふいに彼女が付け加えたことにぱちりと驚きで瞬いて。とっさに否定の言葉が出そうになったけれど、それは彼を否定することになるので飲み込み、どう言っていいのか分からずに少し照れたような困ったような様子で「…ありがとうございます?」と疑問符付きで礼を述べ、部活時には定番となっている一つ結びにした髪を結わえている額紫陽花のヘアゴムに無意識に触れていた。)
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(彼女が紡ぐ言葉の端々に彼への気遣いが溢れている。其れだけ気にして貰えたならば玉砕覚悟で告白した甲斐が有ったと云う物だろう。但し自身は此の事を彼に教える心算は無いのだが。)…想って、支え合う、…な、なんか難しそう。(彼女を励ます為に色々と言葉を投掛けたが、自身よりも彼女の方が恋愛事には未だ理解が有るのかも知れないと思うと同時、自身は一生恋愛が出来ないかも知れないと不安にも成るのだった。優しい、と云う余りにも聞き慣れない言葉には双眸を大きく見開き「え、あ、いや…そう、かな?」と困惑する事しか出来なかったが、彼との関係性の話へと移ろえば幾分落ち着いた表情に戻っていた筈。)そう?…良かった、結城の優しい所が、宮元さんにもちゃんと伝わってて。…ふふ。(ほっと吐いて安堵するのは、自身の友人が悪い印象を与えてはいなかったから。茶化している心算は無いが余り言い過ぎては意地悪になってしまう、照れたような表情で謝辞を賜れば小さく笑うに留めよう。彼女の指先が髪留めに触れるから、自然と其方へ目が行ってしまう。此の季節にぴったりな其の花は、彼女に良く似合っていると思ったから、思わず聞いてみたくなったのだ、「そのヘアゴム、お気に入りなの?」と。―始めは彼女の事が本当に心配だったが、会話を重ねていく内に随分和やかな空気に成った様だ。部室に辿り着く頃には雨脚は少しだけ弱まっていたが何時土砂降りになるか計れないのが此の時期だ。「部活も大事だけど…あんまり、遅くならないようにね。」と掛ける言葉は少し御節介だったかも知れない。別れ際、思い出したように「あ、後…弟と仲良くしてくれて、ありがとう。」と柔く微笑んで、自身は帰路へと就こうか。パンジーとビオラの違いを頻りに主張する様に成ったのは本当に面倒臭いと思ったが、この子になら感化されても仕方が無いと納得してしまうのだった。)
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んー…なんだろう…見返りを求めるわけではなく、ただ相手を想って行動したことが何か役に立てたら…って思うんです。白鳥先輩なら難しくないと思いますよ?見知らぬ私にも気遣ってくださるんですから。(難しいという彼女に漠然とした事を告げたのは恋愛経験の少ない宮元の理想に近い事だった。最後には、ね?と雨から宮元を守ってくれている彼女の傘を指差しにこりと微笑んで。確認するような彼女の言葉に「嘘は言いません。」と真面目な顔できっぱりと告げ、困惑気味の彼女を可愛いと思いくすりと笑みが零れた。)優しいと思いますよ?毎日何処で活動するか分からない私を多分探してくださったと思いますし…理由も告げずに断ったのを受け入れてくださったのですから。(断られたら何で?どうして?と問われても可笑しくはない。そう思うのは少女漫画の読みすぎだろうかと思うけれど。小さな笑いと共に問われたことに「あ、はい。頂き物なんですがお気に入りで、部活の時の定番になっています。」とにこりと微笑みながらも手は髪飾りに大切そうに触れて。彼女と話しながら歩けば部室までもあっという間で。掛けられた心配の言葉に嬉しそうに頬を緩め「ありがとうございます。白鳥先輩も気を付けて帰ってくださいね?」とにこりと微笑んで。部室前で彼女を見送ろうと思っていたら、告げられたことにはちり瞬いて「あ、やっぱりはるるん先輩のお姉さんだったんですね。こちらこそ、お世話になっています。それと…白鳥先輩とも仲良くなれたら嬉しいです…っていうのは我儘でしょうか?」なんて問いかけてしまうのは、予想外の出来事はあったものの彼女との短い時間がとても優しく充実していたからで。返答はどうあれ雨の中帰っていく彼女を見送り、部室に入る頃の宮元の心は何時もと同じように落ち着きを取り戻していたのだった。)
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