毎年この時期、傘をなくすんだよな。

(今朝方、下駄箱に一通の手紙が入っていた。差出人の名前は見覚えも聞き覚えもなければ顔も分からない。遠く運動部の掛け声が響く人気の少ない放課後、そのまま帰宅するべく鞄を背負って手紙で指示された通り昇降口で待っていたところに現れた彼女の姿を見て、初めてこの子が手紙の差出人だと気付く。)…は、はじめまして?じゃなかったらすまん。(もしかしたらどこかで接点があったのかもしれないが、少なくとも現時点この男の記憶の中では新鮮な存在。俯き黙ったままの彼女を見、首を掻く。暫しの沈黙の間、今にも降り出しそうなどんよりと重い灰色の空をガラス越しに見上げながら、そこで唐突の声に驚き当人を振り返れば)え。(『今彼女いますか!?付き合ってほしいんですけど!彼女にしてほしいんですけど!!』突然にして猛烈な勢いでぶつけられたのはどうやらお付き合いの申し出。『わたしのこと知ってますか!?知らないですよね!《ピンポンパンポーン──》年のサクマ《◯年△組の長谷川さん、◯年△組の長谷川さん》とりあえ《確認したいことがあります。職員室へ来てください。》うですか?!《ピンポンパンポーン──》』)……………、あー…(タイミング悪く入った校内放送で後半ほぼ聞き取れず。いずれにしろ再び口を開けば)ごめん。よく知らないので…(軽く頭を下げて断れば、彼女は少し不満そうに眉を落とし『わかりましたぁ…』と一言残して校内へ駆けていった。その後ろ姿を見送り、再び窓の外を見る。雨が降る前に帰宅したい。持ってきた傘を回収すべく傘置き場を見て)……出たよ…(今朝置いた傘がない。誰かが間違えて持っていったのだろうか。溜息を落として。)

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佐久間さん
同学年では見ない顔のため恐らく下級生(1年か2年)
髪を染めており派手な出で立ち。とりあえず勢いがある。

(気の置けない友人が恋をしていることはよく知っていた。なんせ彼女はおしゃべり好きで、気持ちが良いほどの明け透けのない性格だ。想い人への気持ちが抑えきれず延々と語られたときは、あーはいはいと聞き流したものである。それでも友人として彼女を応援する気はあって、今日の放課後に告白すると聞かされた時は、そうか健闘を祈ると言葉を送った。ついでに結果も教えてくれよと言った気もするが、)……リアルタイムだなんて聞いてない。(クラスメイトと話が弾んで教室を出るのが遅くなったのが原因だろう。窓から見える空があまりにも重たくて、こりゃ振りそうだと溜息をつきながら昇降口へと歩いていれば、物凄く覚えのある声が聞こえてきたのだ。愛の告白をぶちかましている友人の声が。慌てて近くの物陰に身を潜め天を仰ぐ。仕方がない、ほかの昇降口から出るかと来た道を戻ろうとしたのだけど。)タイミング悪っ!先生、そりゃないっしょ。(やけに大きく聞こえた校内放送に思わず悪態をつく。ちら、と彼らのほうを窺えば告白を断る声が聞こえてきて、直ぐに友人がその場を去っていったのが確認できた。今の出来事を見なかったことにして帰ろうか。少しだけそう思ったけれども、彼女の想いを知る友人として気になることがひとつ。余計なお節介だと友人に怒られるかもしれないけれども。)……偶然見ちゃったんだけど、随分と熱烈な告白だったじゃない。あの子、私の友達なんだよね。(素知らぬ顔で傘置き場の前で立ち尽くす彼の隣に立てば、顔を突き合わすことなく独り言のように、されどはっきりと声をかける。その時、ポツリまたポツリと空から雫が降ってきて、やがてその勢いは増していくのだろう。)

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佐久間梨恵(さくまりえ)
2年6組、おしゃべり好きであけっぴろげな性格。以前、派手な出で立ちが原因で他校生に絡まれたことがあり、御門がそれを助けたことがある。それ以来、気の置けない友人関係を築いている。

(次第に降り始めた雨音の中、近くから声がして、そこで初めて他人の気配を感じた。続いて鼻腔を柑橘のさわやかな香りが抜ける。視線を傘立てから傍らへ向ければ)………サクマ、さん?(の友人、を名乗る彼女を見る双眸は少しだけ見開かれ)何年生?2年?(それは背丈のある彼女を見て純粋な感想。無意識に抜けた主語は、誰を指しても大した問題ではない。緩慢な動きでサクマさんが去っていった方向を振り向いて、それから隣へ)傷つけたかな。トモダチ的にはどう見えた?(この状況、果たして自分は一体彼女の友人の目にどう映るのだろう。何よりそれが気になった。「初めて告白された。びっくりしたな…」雑談みたいな軽さで付け足したのは、その通り紛れもなくただの雑談。しばらく晴れそうにない雨雲を見上げ)

そう、あの子は佐久間。佐久間梨恵っていうんだよ。氏家さん。(知ってるかもしれないけどと付け足して、くるりと体を反転させる。見上げた双眸に挑むかのように真っすぐ見つめながら、もの言いたげに軽く唇を噛む。)2年。……私も、2年。(聞かれているのは友人のことだと思いはしたが、己に聞いているともとれるような気もして一応答えておこう。てっきり追い払われるかと思っていたが、予想に反して会話をしてくれるようだ。ならばと声をかけた理由を言おうとしたが、不意に投げられた言葉に口を閉じるほかなくて。)何でそんなことを聞く?……好きな人に振られたんだから、想像ぐらいつかない?今頃、トイレあたりでべそかいてる。(彼は何故そんなことを聞くのだろうか。意図を探るように、怪訝そうに眼を細める。友人について断言できたのは、彼女のことをよく知っているからだ。付け足された言葉には淡々と「おめでとう、って言うべき?」と返すのか。)ねぇ、聞きたいことあるんだけど。答えたくなければそれでいい。(少しだけ間をおいて、一呼吸。)梨恵のこと、どう思った?

(元来他人の機微に極めて鈍感な氏家でも、彼女の自分に対するベクトルの色が雲行き怪しいのは察せた。そりゃそうだ、なんせ振られたあの子は彼女にとって大切な友人の一人らしいから。フルネームを告げた後に、はっきりと自身の名前を添えてきた彼女の言葉はまるで“私達はあなたのことを知っているけど”と言外に刺してくるような──傍らから向けられる怪訝な視線と声色。自然と塞がる口。受け止める横顔がちくちくと痛い。)……どう…、………(どう思ったか。暫し考えた後、問う声に漸くこちらも視線を彼女へ向ければ)何か思う余裕もなかった。何もかんもあっという間すぎて。声もちゃんと聞き取れなかったし…(正直な感想。なんせ自分にとっては先程のアレがほぼ初対面。)あんたは、ほぼ話したことがない相手を好きになったことある?俺はない。(断られる可能性を、果たしてあの子はどれだけ予想していたか。していたところで悲しいものは悲しいだろうけれど。少しの間を置いて)…俺の断り方、まずかった?ちょっと怒ってるだろ。気のせい?(何ならその言葉が火に油の可能性も。しかし鈍感なこの男にはやはり想像できていない。)

(こちらの問いかけに対して考えるように口ごもる彼を腕を組んでじっくりと待つ。大きくもないが小さくもない雨音が耳朶を打っている。)……そう。もしもの話なんて意味のないことだけど。…もし、梨恵とちゃんと話せていたら……それは変わったと思う?(何も思うことがなかったということは、友人が彼にもたらしたのは告白された驚きだけだったということだろうか。彼女本人については分からずじまい。もしそうであるなら、事情を知る身として不憫だと思う。だから、何か友人のためにできないかと、御門にしては歯切れ悪く問いを重ねて。)小学生の時をカウントしていいならある。所謂、一目惚れってやつっしょ?あの子も…いや、私が言うことではないね。何でもない。(惚れっぽいという意識はないが、そういう経験がないわけでもない。僅かに首を傾けて見上げていれば)は?や、怒っては、ない。うん、怒ってない。あんたを責める気はないし、シメる気もないから安心して。ちょっと態度は悪かったかもね。ごめん。(ふは、と面白そうに吹き出して否定を。彼に対して文句があるわけではないのだ。それは筋違いだと分かっている。)で、断り方だっけ?嘘とか曖昧なこと言ってないなら良いよ。私なら、ね。

…………聞くね。(サクマさんについての質問を重ねられれば重ねられるほど、彼女がいかに友達思いかを知らされる。もしかしたらただの野次馬な可能性もあるかもしれない。けれど、少なくとも目の前の彼女は違うだろう。)仲良いんですね。見た目のタイプがちがうから少し不思議な感じする。あ、別に悪い意味ではなく。……変わらないわけはないだろうけど。質問な答えな。(一番後ろにくっつけた返答。会話をすれば関心を持つし、関心を持てばまた話したくなる。だからこそ持った関心のベクトルは、サクマさんより先に彼女へ向けられる。「ここで聞いたこと、あとであの子に言うの?」その一言も添えて。次いだこちらからの問いに、歯切れ悪そうな返事が返ってくるなら、少しだけ口角を持ち上げるように歪め、尚も続けられた“シメる”の単語には堪え切れず咳払いするようにひと笑い。)男前? や、女子に言う言葉じゃねーか。(野暮な事からはこちらが何か言うまでもなくすぐに身を引き、プラス全体的にさっぱり淡白な物言い。私なら、と付け足された言葉には「なんか含むな…」と眉を薄く寄せるもすぐ平生に戻して)ところでダメ元で聞いていい?傘、一本余ってたりしません?(雨の音で現実に引き戻された。)

(告白した張本人でもないくせに突っ込んだことを尋ねている。いい加減にしろと言われても仕方がないはずなのに、彼は律儀に答えを返してくれる。大らかというか人がいいというか。反発覚悟で問うた気力が変に抜けて、知れずと下がった眉は戸惑いを隠せなかったかもしれない。)懐かれたら可愛がるタイプ、とだけ言っておくよ。…………そう。答えてくれてありがとう。(小さくひとつ頷いて、緩ませた頬に感謝の意をのせる。答えを貰えた。それで十分だ。付け足された一言には、少し迷うように視線を彷徨わせてから「一応、そのつもり。あの子に言って欲しくないことがあるなら努力はするけど?」と。たとえ友人を傷つけることになったとしても、このことを彼女に言わないという選択肢は選ばない。それが彼女に対してフェアだと思っているからだ。)ああ、大間違いだね。そこはクソ生意気な後輩だなって言うところ。私、割と失礼なこと言ってると思うんだけど……あんたもっとこう、怒ったほうがいいんじゃない?(吹き出し笑いから一転して、呆れ顔で彼を見上げる。これまでのやり取りも含め、物言いなど年上と接するには度が過ぎている自覚はあるのだけど。)傘?生憎だけど、一本しか持ってない。持ってくるの忘れたの?(鞄から取り出したのは一本の折り畳み傘。広げると赤のグラデーションが鮮やかで気に入ったものだ。雨音は変わりなく、止む気配は感じられない。)

“努力”ね。(努力の結果がどう転がるかなんて、たった数分だけれど言葉を交わし彼女の人となりをある程度知ることができたなら、それはいたって想像に容易い。彼女には『正々堂々』という言葉が似合うと思った。こちらを見上げる瞳に視線を交えてフランクに口端を上げ)…なるほど。先輩をあんた呼ばわりだもんな、確かにこりゃクソ生意気な後輩だわ。(台詞とは裏腹に声色は随分と砕けた軽さ。向けられる呆れの眼差しは肩を竦めていなし、下駄箱に寄りかかっていた背を離す。この雨の中、傘はひとつ。しかも折り畳み。仮に近くのコンビニまで入れてもらうにしても、傘の下に収めるには自分の体はあまりにも大きすぎる。相手も男ならともかく、クソ生意気な後輩だろうが女子生徒。風邪を引かせる訳にもいくまい。)忘れたっつか、持ってきたんだけどどっかいきました、ね。俺も折り畳みデビューしようかな…(自身の鞄の中に入れておけば、今回のようになくす心配もないだろう。幸い今日はバイトもなければ急ぎの用事もない。ここでもう暫く時間をつぶすのもアリかも知れない。段差に腰を下ろせば一向に止む気配のない雨雲を見上げて)止むまでもうちょい待ってみるよ。……そちらはこれから部活ですか?つか名前なんでしたっけ、俺聞いた?

このことで梨恵に隠し事はしない。けれど、必要以上にあんたが責められることはないようにするってこと。(迷いを断ち切りしゃんと背筋を伸ばし、彼を見据える。これが一部始終を知る者として、そして友人のために出来る事だと思う。)で、文句言わないとこのままだよ。いい?(声音や仕草に怒りを感じなければ、しれっとした顔でお伺いを。言われれば直す、ぐらいの気持ちはあるのだ。)なにそれ、間違って持ってかれたか盗られたってこと?……お気の毒。この時期は折り畳みをおすすめしとく。(雨の日あるあるとでもいうのだろうか。こんなに雨が降っているのにと同情の眼差しを送りつけて。)そう?これは暫く止みそうにないかもね。私?ああ、まあそんなとこ。……名前は、(どんよりと重い雲が晴れるのはいつになるだろうか。腰を下ろす彼を横目に靴を履き替えながら、矢継ぎ早に出される問いかけに答えていたが、不意に言葉を詰まらせて)ふっ、クソ生意気な後輩でいいんじゃない?じゃ、私はもう行くけれど……濡れてもいいならコンビニまで送ってあげる。流石にあんたと私じゃ濡れる。絶対に。それでもいいなら、おいで。氏家さん。(己の名を告げずににんまりと悪戯っぽい笑みだけを残して、昇降口を出ていく。あくまで自分は“佐久間梨恵の友人”だ。そしてお気に入りの傘を開いて、雨の中へ。彼が己の後を追うか否かは、どちらになっても構やしない。ただ、口にはしないけれども相手をしてくれた礼にと思っただけ。)

(はい、と声には出さず首肯のみの応答は、つまりは了解の意。呼び方なんていうのはこの男にとっては取るに足らぬ些細な話。なんなら自称生意気な後輩である彼女の事を律儀だと感じるくらい。)文句があったらそんとき言います。(段差に腰を下ろしたまま、背筋の伸びた彼女を見上げて返事。特段呆れているわけでも、はたまた遠慮しているわけでもない。元より沸点が高い方である。ただそれだけの話。もれなく同情を向けられるなら、後ろ手について浅く眉尻を落としながら目を細め肩を竦める、形だけの困った仕草。一度や二度の話でもなければ、なくした傘もどこにでも売っているビニール傘だから。)名乗るほどの者でもないって?はは、………えっ あ?(流れるような〆の句を聞きながら、はいさようならお気を付けてと見送る態勢に入っていたものだから、自然に混ぜられた気遣いに一瞬怯む。言った当人は当然此方の言葉を待つことなく、次の瞬間には既に赤色の傘を差しているから)おいおい…(“おいで”に引かれるがまま、鞄を持って重い腰を上げればワンテンポ遅れて彼女の折り畳み傘の下へ潜り込み、お言葉に甘えて近くのコンビニまでお邪魔するとしよう。とは言っても、折り畳み傘一本に170後半と180後半の二人が綺麗に収まるはずもない。傘が低いだのそんな詰めなくていいだのマイペースすぎるだの、雨音に負けず劣らず遠慮なく愚痴を連ねるのは数分前の言葉をまさしく体現していることになるだろう。勿論、とびきりの文句も忘れずに。)“クソ生意気な後輩”さんって、どう考えても長いだろうが。勘弁してくれ。(今日はまた出会いの多い一日だった。)

そう。分かった。(本人がそう言うならと鷹揚に笑って頷く。体が大きいと心も大きいのかしら、なんて思っても口にはせずにただ笑った。――彼が後を追って来るかどうかは、正直言って来ないと思っていた。けれど、予想に反して傘の下へ潜り込んできたので思わず「あれ、来たんだ」と目が丸くして一言。自分で誘っておきながら失礼な奴である。普通サイズの折り畳み傘に高身長の二人組はやはり無理があったようで、お互いに不便を強いられたことは間違いない。先程の発言通りに文句を言い連ねられたならば、全て「これは 私の 傘だ!」を主張したはず。とは言っても、配慮をしなかったわけもなく気を付けてはいたことだろう。傘の高さを調整中にうっかり露先をぶつけてしまったかもしれないけれども。そんな調子でコンビニまでの道中は、雨音に負けないくらい騒々しかったことだろう。道行く人が二度見するくらいには。そして、とびきりの文句に対しても)じゃあ、好きに呼べば?(なんて、鼻で笑う始末。自分から名乗ることはなかっただろう。ただし御門自身は忘れているが、傘の柄には「Shiki」と書かれたネームタグが付いている。気付くかどうかは彼次第だ――)