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(同じ園芸部の部員から聞いた話、一際花を愛し熱心に活動している後輩の誕生日はゴールデンウィーク真只中にあるらしい。真面目な彼女の事、連休中にも花が気になって登校しているかもしれない、教室机上に置いておけばきっと彼女の手に渡るだろう。しかし先月の様に、後から改めてお礼の言葉を頂いてしまえば逆に気を遣わせて悪い気がして、今回はきちんと手渡しすることに決めていた。長期休暇明け5月7日放課後の部室、花壇の世話をしに行くであろう彼女に「鈴」と声を掛けて引き留める。行ってしまわないように最大限慌てたつもりだが、発せられた声はきっといつもと同じ鈍くさいものだったろう、それでも決してせっかちではなく寧ろおっとりとした彼女を引き留めるには十分だった筈。)遅くなった。誕生日おめでとう。(女性は可愛いものが好き、という己の見解は間違っていないだろうか。そっと差し出すクラフトペーパーに包装された小振りな贈り物は、半球のクリアレジンに淡い青紫色の額紫陽花を閉じ込めたヘアゴム。やはり彼女には素肌と同じ弱酸性だろう、と某ボディウォッシュのキャッチコピーよろしく選んだ色。「きっと似合うと思う」と完全な己の主観を伝えつつも薄く笑み、それが彼女の手に渡ったなら「じゃあ、それだけだから」と素っ気無さを感じさせてしまいそうな短い挨拶で、じょうろ片手にその場を後にする。今日1日そわそわしていたが、無事渡せたこの瞬間は安堵の表情を浮かべている事だろう。)
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(今年のゴールデンウィークは長期の休みであるけれど、宮元はマイペースで学園に通い時々花壇の世話をしていた。それは誕生日の日も変わらず、花壇に咲いている鈴蘭を見てそういえば、と自分の誕生日を思い出したくらいである。過ぎてしまえば誕生日の事は記憶の彼方に飛んでいく。休み明けの放課後、何時ものように部室へ行き部活仲間とゴールデンウィーク中の過ごし方など、何気ない言葉を交わしてから気になっていた花壇へ行こうと軍手片手に移動を開始した時に、自分の名を呼ぶ声に振り返れば先輩がいてにこりと微笑み、)お疲れ様です、白石先輩。何か御用でしょうか?(園芸部の仕事の事で声を掛けられたと思った宮元の耳に届いたのは祝いの言葉で、驚きでぱちりと瞬いて、)…ありがとうございます。遅い、なんてことないですよ。覚えていて貰えて嬉しいです。(驚きで反応は遅れたけれど、言葉通り嬉しそうにふわりと微笑み、一歩だけ彼との距離を縮めて「ゴールデンウィーク真っただ中なので、忘れられてることのほうが多いんです。」と周りの人に聞こえないようにこっそり伝え、直ぐに一歩離れるとくすりと悪戯気に笑って。差し出された贈り物。それに告げられた言葉と彼の笑みを見てしまえば頬に熱が宿る。反射のように両手で受け取れば、見てもいいか、中身は何か問う前に一言だけ残し去ろうとする彼に慌てて、)あ、ありがとうございます。…大切にします。(その背に言葉を投げかけたのだけれど、届いたのだろうか。彼が去った部室の扉を頬に熱を宿したまま少しの間呆然として見ていたけれど、はっとして部室の邪魔にならないところへ移動し、そっと包みを開ければ透明な半球に閉じ込められた淡い青紫色の額紫陽花。)綺麗…。(クリアな半球と青紫色がこれからの爽やかな季節を思わせて感想がそのまま声に出てゆるりと頬が緩む。それに数ある紫陽花の種類の中でも額紫陽花の花言葉は『謙虚』。彼が花言葉まで考えたかは分からないけれど、なんとなく自分に合っている気もする。早速綺麗なヘアゴムで癖のある髪を纏め、予定より少し遅くなったけれど花壇へと向かった。それ以来、部活中はそのヘアゴムを愛用する姿が見られるはずで。ヘアゴムを使っているときに彼に出会えたならヘアゴムを見せながら「似合ってますか?」なんて悪戯に問いかける事だろう。)
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