(4月15日。お世話になった先輩の誕生日が今日と知り何かプレゼントを、と考えた時に宮元の思考は固まった。彼の情報として宮元が持っているのは、貧血気味、本をよく読む、直接話すのも好き、電車や天井の低いところだとちょっと大変、という役に立たないものだった。ゆっくりと話した事は一度しかなく、それでも楽しかった記憶は薄れることはない。プレゼントに繋がるような情報はなく、考えに考えた末に思いついたのは貧血対策だった。これから温かくなるとは言え、気温の変化も激しい時期でもあるので体調を気にしてのこと――というか、これくらいしか思い浮かばない自分の思考回路をどうにかしたいのだけれど。それでも直接彼に逢って渡す勇気は今のところ持ち合わせていないので、誰もいない早朝に登校した。早朝の空気は落ち着かない心を少し落ち着かせてくれる。勝手知ったる――というと語弊があるが、彼の教室へ向かい誰もいないのを確認すると彼の机の上に蘇芳色の紙袋を置いて。紙袋の中にはカラフルなセロファンで飴のように個包装された、グラノーラとレーズンがたっぷり入った一口サイズのスコーンがいくつも入っていた。形が若干歪なことから手作りだと分かるかもしれない。それとローズヒップティーのティーバッグもいくつか。添えられた白地に右下に勿忘草を彩ったメッセージカードには『英吉先輩へ お誕生日おめでとうございます。またお話しできれば嬉しいです。お体に気を付けてお過ごしください。新たな一年が英吉先輩にとって幸せな日々でありますように。 追伸:返品は何時でも受け付けています。 宮元鈴樹』と拙いながらも丁寧な文字で書かれていて。勿忘草は宮元が調べたところに載っていた彼の誕生花である。何かしら花を使いたいと思うのは自分が植物が好きだからであるが、相手と縁のある花や託す想いなど使い方は様々で。話せれば嬉しいというのは彼の事を考えた時のあまりの情報不足に自分が情けなくなったからで、これから交流できればいいとの想いを込めて。ローズヒップティーは癖があるが、貧血にはいいらしいのと、スコーンを食べると水分を持っていかれると思ったからだ。彼に好き嫌いが無いといい思いながらそっと教室を後にして、部活へと向かっていった。)

(受け取ったプレゼントに心を温めたのはいつのことだっただろうか。随分とお礼が言えないまま月日が流れてしまったような気がする。──あの日は登校して机の上に置かれたささやかな贈り物の中身を確かめたなら添えられたカードに記された馴染みの名に頬を綻ばせた。もちろんスコーンは美味しく頂いたわけで、数個と口へ運ぶうちに此れが手作りであることもしっかりと気づくことが出来たから、また一つ幸せを貰った気分だった。彼女のおかげか、ほどほどに健やかな日々を過ごしてきたわけだ。お返しはどうしようかと悩んでいるうちにタイミングを逃し続け、あろうことか彼女の誕生日さえ過ぎ去る始末。困った男は最終手段に出た。彼女の教室へと向かえば座席を確認して、一つ、机の上に小さな包みを佇ませた。中身は小さな藤色の花があしらわれたヘアピン。たったこれだけ。これはお礼の品として、またいつかきちんと特別な日はお祝いできるようにちゃんとしたプレゼントはとっておこう。無地のメッセージカードに記した言葉は『誕生日のお祝いありがとう。これはほんのお礼です。PS.スコーン美味しかったよ。』とだけ。其処に名前をしたためたなら出来上がりだ。遅れに遅れたお礼はほぼ男の自己満足。伝えたいことだけを残して、男はまたゆったりとした足取りで教室を後にした。向かう先は自由気ままに、どこか弾むような心を持て余せば少しだけ遠回りしたって。爽やかな風が開け放たれた窓から吹き込んで男の頬撫ぜれば自然と口許が緩んだ。──そんないつかの朝の一幕。)