(3月14日のホワイトデーの放課後、何時ものように園芸部の活動に行く前に目指したのは3年2組の教室。3年生のエリアは1年生の宮元にとって慣れない場所ではあるし、身長が低い為か大人っぽい3年生の中に埋もれながらも何とか辿り着き、教室内を覗き込む。目的の彼が居なければ近くの先輩に声を掛け『お忙しいところすみません。お尋ねしたいことがあるのですが大丈夫でしょうか?白石翼先輩の席は何処ですか?』と問い掛けて。親切にも教えて貰ったなら礼を述べ丁寧に頭を下げ、お邪魔します、と誰にでもなく一言告げれば目的の席へ向かい、机の上に若緑色の小さな紙袋をそっと置いて。袋の中には食べやすいように一つ一つが飴のようにセロファンで包まれたライスパフとオレンジピールの入ったチョコバーが数本と、桜の香りの日焼け止め兼ハンドクリームが一本。男性にハンドクリームを贈るのは躊躇われたけれど、同じ園芸部である彼だから手荒れも日焼けも防ぐのに必要かと、自分も愛用しているのを入れたのだった。添えられた周りに蔦模様が施されたメッセージカードには『白石先輩へ ハッピーホワイトデーです。先日はありがとうございました。宜しければ受け取ってください。返品は何時でも受け付けています。 宮元鈴樹』と一言が書かれてあった。先日声を掛けてくれたお礼と一か月遅れのバレンタインを兼ねているのは宮元だけが知ればいい事で。気づくのが明日でも構わないという気持ちで、お邪魔しました、と一言告げてから教室を後にして部活へと向かうのだった。――仮に彼に会えたとしたらメッセージを添える代わりに同じ内容を告げ、ハンドクリームの説明だけは忘れないように伝えるのだろう。)

(ホワイトデー翌日の3月15日、登校して自席に着くとそこには紙袋がある。見慣れない物品に固まってしまったのは、今日が何か特別な日だったかと思い巡らせていたから。記念日でもない、誕生日でもない、この日この場所に置いてある紙袋の真意はメッセージカードを読むまでは想像できなかった。)…鈴か。ホワイトデーは、男が女性に贈るものだと思っていたんだがな。(古臭い考え方だったのか、ぽつりと呟いて緩く微笑む。その日、彼女に会えたなら「お菓子とハンドクリーム、確かに貰ったぞ。有難く使わせてもらう。」と伝えよう。会うことが叶わなければ、ぐるちゃで同じ内容を送信するだろう。その日の夜、お風呂上りに早速ハンドクリームを使用すると桜の香りがふわりと広がって、中庭での一齣を思い出し頬が緩んだのは己だけが知ることだろう。)