昼休みの南側の中庭

(ベンチに座り春の気配を感じながらお弁当を広げ中央の桜を見つめていたが、ふと思い立ちお弁当箱を閉じハンカチで軽く包み、ベンチにお弁当を置き去りにしたまま桜の木へと近づいて、)……蕾が大きくなってますね。今年は開花が早いんでしたっけ……。(桜の木を見上げぽつりと呟いたかと思うと、桜の木に両腕を回し抱きついて、)……落ち着く。(体を桜の木に預けそっと目を閉じた。)

(自教室で昼食を摂っていたが、窓から見えた中庭の桜の木にいる女子生徒に気が付いて。)あれは…、(後ろ姿だけだが、彼女には見覚えがある。食事を終えて中庭へ、彼女へと近寄りながら)ええと…宮元さん?何を…(同じ園芸部の後輩の名を呼んだが、言葉を続けることは出来なかった。途中で桜の木の根に躓いて、そのまま転倒…しそうになったが、彼女と同じように木に抱き着くような形でなんとか回避はできた。)

(桜の木に抱き着きどれくらい経ったのだろうか。後ろから名を呼ばれ振り返ろうとして、)っ…えと…大丈夫ですか?(返事をしようとしたのも束の間、自分と同じように桜の木に抱き着く形となった彼を見て、驚きからぱちりと数度瞬き、とっさに出てきた言葉は無事の確認だった。)白石先輩…ですよね?私のことは鈴と呼んでいただけると嬉しいですが…こうしていると落ち着きませんか?木の生命力というか…温もりを感じる気がするんです。(彼の名を確認した後に、しっかり自分の呼び名をお願いするのは宮元らしいところだろう。彼としては不本意かもしれないが自分と同じく桜の木に抱き着いた彼に逆に問いかけて。)

…大丈夫みたいだ。ここに桜があって良かった。(木に抱き着き硬直したままだが、安否確認にはいつもの落ち着いた声色で返す。そもそも転倒したのも木の幹に躓いたからだがもう忘れているらしい。)鈴だな、わかったよ。(思い返せば彼女は周囲から鈴と呼ばれていたし、本人の希望ならば抗う理由も無いのでこくりと頷き)落ち着くか…そうだな。それになんというか…コアラになった気分だ。(同じ植物を愛する者として彼女の言わんとすることは分かるつもりだ。だがそれ以上に思った事が先行して言葉になったらしい。冗談ではないので勿論真顔で。)

丈夫な桜で良かったです。(落ち着いた声が返ってきて、ほっとして頬を緩ませて。呼び名に快く了承を貰えたなら嬉しそうに、はい、と返事をした。)大きな木って生命力がある気がして抱き着きたくなるんです。コアラ…確かに抱き着いているとコアラな気分です。(真顔で言われたことが面白かったのか、くすりと楽しそうに笑って同意を示して。)

…そうだな。これで木を倒してしまったら責任が取れない。(彼女の言葉に同意するように緩く頷き)鈴は…なんというか、感受性が豊かなんだろうな。多分、木の方も鈴の生命力を感じてると思うぞ。ああでも、いつまでもコアラになってると昼が終ってしまうな。もうご飯は食べ終わったのか?(彼女と同じように小さく微笑む。木に抱き着いたまま、ふと気になって問いを投掛けて。)

倒れてしまったら園芸部の皆の力を合わせれば大丈夫です…きっと。(園芸部は花や樹木には詳しいはずなので力強く言ったものの最後に頼りない一言が付いたのはご愛敬である。)植物を見たり触れたりしていると和んだり癒されたりはしますが…私も元気を与えられるならいいなと思います。それにこの桜は蕾を付けているので一番生命力に溢れている時だと思いますよ?あ…お昼まだ食べていないです。白石先輩は食べましたか?(逆に彼に問いかけ、ようやく桜の木から体を起こすと『ありがとう。』と告げながらぽんぽんと優しく木の幹を撫でて。)

ああ、部員全員で引っ張れば起こせるかもな。(それはとっても力が必要な事だろうけれど、童話の大きなカブを思い出しながらそう答えてみよう、自信は無いのだが。)これは俺の持論だが、地球上の生物は皆、相互に影響し合ってると思ってる。だから鈴の気持ちも多分届いてる。そうだな、今年も花開くのが楽しみだ。…そうか、食事中に邪魔をした。ああ、俺はあとプリンを食べれば終わりだ。(同じ様に抱き着いていた体を起こすと桜の木を見上げて小さく微笑み、視線を彼女へと)じゃあ俺は教室に戻る。また部活でな。(そう告げて去り行く際、少しだけ体が軽く感じたのは、桜の木の生命力なのだろうか―)

はい。あ、でも桜の木は堤防代わりに植えられたりするのでしっかり根っこを張っていると思いますよ。(園芸部の結束力を信じている言葉に嬉しそうににこりと微笑んでから、思い出したように根を張る桜の木のことを思い出し一言添えて。)なるほど…お互いに影響し合って学んだりいい方向に行くんですね。ふふっ、ありがとうございます。はい、きっと奇麗に咲いて楽しませてくれると思います。いえ、白石先輩が声を掛けてくださらなかったらお昼休み中抱き着いていたかもしれないので、声を掛けてくださって良かったです。プリン、ですか。私こそお食事中にご心配をおかけしました。(おそらく食事途中に来てくれたのだろうと判断し、彼の笑みににこりと微笑み返し。)はい、また部活で。(軽く手を振り見送り彼の姿が見えなくなると、ベンチへ戻ると桜の木を先ほどとは少し違った気持ちで見上げながら、広げっぱなしだったお弁当を食べる宮元の頬は楽しそうに緩んでいた―)