(茜色の陽が差し込む館内で、頓馬をしでかす)

(一日の授業を終えると、同級生たちは各々の目的のために教室を後にする。さて今日は特に予定もないので、借りていた本の返却と、ついでに何か書籍を借りようかと図書館へ赴いた。自習をする生徒も少なくないが夕陽を帯びた館内はとても静かで、不思議と懐かしい気持ちにさせてくれる。貸出カウンターで返却を済ませた後、ゆっくり館内を歩き回り、ふと、一冊の本が目に留まる。50年以上も前の作品だが、映画化されて内容は知っていた。初版本があるとは思わなかった。棚の一番上で少し高いが背伸びをすれば届くだろうか。少し探せば踏み台くらいあったろうに、探しもせずに手を伸ばす。あと少し。ほとんどつま先立ちに近いくらい背伸びをしたらなんとか届いた。本を抜き取ることには成功したが、運動神経の悪さが災いしてバランスを崩し、そのまま床に体を打ち付ける。さすが私立高校の図書館、床の防音性はばっちりなようで、大胆な衝撃音はしなかったのが不幸中の幸い。また大事な本はきちんと抱えていて無事であった。直ぐに起き上がれば良いものを、少しの間静止する。ただ、何が起こったのか理解するまでに時間がかかるのだ。)

(放課後、図書館に足を向けたのは利用が目的ではない。勿論、まったく利用していないというわけではないが、今日は違う。図書館の中に入る前にメッセージアプリで友人に「着いた。遅れてすまぬ」と送り、スマホを鞄に放り込む。本日の放課後は、久しぶりに友人とショッピングに赴く予定だったのだが、教室を出る前に担任から出された指令により待ち合わせの時間をずらさねばならなくなった。日直だからという理由で、くそ重い教材を運ぶはめになり、ぶちぶちと文句を言いながらも終わらせたのがついさっきである。図書館で待ってるという友人の連絡に従いやってきたわけだが、広い館内であるため探すのは一苦労。きょろきょろと周りに視線をやりながら歩いていたので、気付かなかったのだ。床に転がっている人がいるだなんてことは。)……うわ!?……っとと?(つま先に何かが当たった感触を感じると同時に前のめりになる身体。何かに蹴躓いたようだ。転んでたまるかと、慌てて逆の足を出して踏ん張ったものの、驚きの声は出てしまう。)……ねぇ、あんた何やってんのさ。覗きにしちゃ堂々としすぎ。(一体何に躓いたのだと姿勢を立て直してから、床に目をやればそこには男子生徒が一人。何やら本を抱えているようだが、謎な状況だ。もしや新手の覗きかと制服のスカートの裾を押さえながら、訝しげに眉をひそめていたが)とりあえず、立ちな。通行の邪魔になるっしょ。手、いる?(いつまでも転がっていては迷惑になるだろうと考え、一先ず手を差し伸べてみよう。)

(突然視界が揺らいだと思ったら、今は本を抱えた状態で倒れている―状況をぽやっと整理していたら、背中に軽い衝撃が走る。突然のことで「う」と「お」の中間くらいの声が漏れたと同時に、自分のそれよりももっと大きな驚いたような声が聞こえた。その後すぐに上から自分へ向けているであろう声が降ってきて、誰かが身体に躓いてしまったのだと理解する。)ああ、ごめん。(とりあえず上体だけを起こす。覗き、という言葉には苦笑いしながら「そんな不純な理由じゃないけど、不快にさせて悪かった。」と再び謝罪し、差し伸べられた手を見遣っては一度頷きその手を取って立ち上がる。相手は自分より背が高いので少し見上げるような姿勢になろうか。片手に本を抱えたまま軽く頭を下げて。)どうもありがとう。これ、取ろうとして横着して背伸びしたからバランス崩したみたいだ。…怪我はなかった?(躓いただけとはいえ、足を捻ることもあるだろう、一応そう問うてみて、)

(立ち上がった彼の事情を聞いていれば、覗きではなく不運に見舞われたようである。ああ、なるほどと抱えた本と彼の顔を交互に見遣った後で、こちらを気遣う言葉を聞けば、)いいえ、どういたしまして。そりゃ災難だったね。覗きなんて言ってごめん。あと、躓いたのは私が余所見してたのもあるから……それもごめん。(勝手に勘違いしていたこともあって、きまりが悪そうに頭を下げる。よくよく考えれば、彼の背中を蹴とばしてしまうことは防げたはず。彼ばかりに非があるわけではない。怪我はという問いには、一応足首を回したり軽く確認をし)私は大丈夫。頑張って踏ん張ったし。それより、あんたこそ大丈夫?頭とか打ってたらやばいと思うんだけど。(体に違和感は感じない。大丈夫だと笑ったものの、気遣うべきは彼自身ではと思うところもあり、心配する声をあげるのだが。)

いや良いんだ。そういう風に勘違いされても仕方がない状況だったし、そういう目的で倒れている人がいないとも限らないし。普通は床に人が寝転がってるなんて思わないから、躓いたことも気にしないでくれな。(丁寧にも軽く頭を下げられれば、眉を若干下げて本を抱えた手とは逆の手を振ってそう伝えて。投掛けた問いの返答を聞けば安堵の為か軽く息を吐いた。)そうか。君は運動神経が良いんだね、それが不幸中の幸いだった。俺も大丈夫だよ、どこも痛くないし。それに、転ぶのもぶつかるのも慣れてる。(心配無いと伝えたかったが、伏目がちにそう言えば何か誤解を生んでしまうかもしれない。鈍臭いが故、ただ歩いているだけなのに静止物にぶつかることだってある。制服を捲って痣が見つかったとしても、それがいつ付いたものなのかはわからないので確認はしないけれど、大した衝撃ではなかったのだから怪我は無いだろうと。)…そういえば、君も本を借りに来たのか?それとも勉強を?(軽く首を傾げて紡いだその疑問には特に深い意味を持たないが、初対面の相手に聞くには不躾だったかもしれないと思い立ったのは、言葉を発し終えてからだった。)

そう?ならお言葉に甘えさせてもらう。ありがと。そういや、転がってたのってその本を取ろうとしてだっけ。うっかり落としそうなものだけど、あんたしっかり持ってたよね。思い入れのある本だったり?(当の本人がそう言うのならと頷いて、小さく笑う。勿論、感謝の意は忘れない。ついでちらと視線を向けたのは、彼が抱えている本。床に転がっているのに、本を抱えている姿が印象的だったので聞いてみる。)まあ、悪いとは言われたことはないけど……って、あのさ。あんた、なに不穏なこと言ってんの。慣れるもんじゃないっしょ、それは。…………あー、……もう。ねえ、どっちがいい?私にトイレ辺りで身ぐるみ剥がされてボディチェック受けるか、自分でやるか。ちなみに、やらないはナシ。今すぐ怪我の確認ハイ決定。(最後の一言さえなければ良かったねで済んだ話だが、そうは問屋が卸さない。痛くないとは言ってはいるが、彼の言い分を真に受けるならば慣れているが故、「痛くない」の可能性もあるだろう。伏し目になっているのも、誤魔化しているようで何か怪しい。別にそこまで己が気にする必要はないのだろうけど、放って置くのも後味が悪い。とりあえず確認だけでもと、呆れたように溜息をついて、一歩彼に詰め寄る。そして、胡散くさいともとれそうな笑みをにやりと浮かべて、ボディチェックの時間だと告げよう。)ぶっぶー、どっちもハズレ。今日は友達と待ち合わせ。ああ、そうだ。一応自己紹介しとく。私は2年2組の御門志貴。もしどこかであんたが転がってても今度は躓かないよ。よろしく。(聞かれたことは比較的素直に答える性分なので、からりと笑って返答を。ついでに多少の悪ふざけを添えて自己紹介を済まし。)

ああ、そうしてくれ。…ん、これか?いや、特に深い思い入れとかは無いんだ。ただ、映画版を観たから読んでみたかっただけなんだけど。…初版だから凄く貴重なものだと思う…破ったりしたら大変だろう。(抱えていた本に視線を落とす。古ぼけ黄ばんだ表紙には著者名とタイトルだけが綴られていた。)…そうだろうな、羨ましいよ。…不穏?だけど本当のことだから。…(どちらが良いかと問われたのに、答えを出す前に話は進む。基本的に何事もゆっくりなので、彼女が言葉を紡ぎ終えて笑みを浮かべていても少しの間無表情で沈黙する、そして)ああ、わかった。(と、近くの机に本を置き、彼女に背を向ければそのまま制服を託し上げて背中を見せよう。トイレ辺りで、という言葉は右から左へすり抜けたらしい。)…大丈夫そう?(彼女の足先が触れたのは背部の真ん中あたりだったろうか、それも思い出せないくらいに何の感覚もないのできっと大丈夫とは思うけれど、一応そう問うてみて。)…待ち合わせ?そうか、外で待ち合わせるにはまだ少し寒いからな。(意外な答えに反復するが、確かに暖かい館内で待ち合わせるのは堅実だろうと頷き、そして続く彼女の自己紹介を聞けば少し間を開けて再び頷こう。)…御門さんか、自己紹介ありがとう。俺は3年2組の白石翼だ、出来ればもう、転がらないようにはしたいけど…難しいかもしれないな。こちらこそよろしく。(日頃から表情の変化には乏しいが、彼女が笑っていたので応えるように薄く微笑んで自己紹介をして、)…ところで、その友達はもう来てるのか?

へぇ、映画の。いつ頃のやつ?初版とはいえ、その古臭い感じだと原作は割と昔にみえるけど。(本の状態は一目見れば明らかである。ここ数年で刊行されたものではなかろうと首を捻る。)……………………おい、どうしてこうなった。(暫しの沈黙の後、こちらに制服をたくし上げて背を向ける彼。思わず片手を頭に当てて天を仰ぐ。言葉が足りなかったのか、それとも言い方が悪かったのか。とりあえず悩む前にこの状況を打破しなければと、手を伸ばすのはたくし上げられた制服だ。抵抗がなければ素早く下ろしてしまうつもりである。)あのさ。見せてくれたのはいいよ。うん、ありがとう。あと私の言い方が悪かったかもしれない。それはごめん。でもいっこだけ言わせて。ここで脱ぐんじゃない。(館内ということで囁き声とはいえ、最後の一言は少々ドスの効いたものになったかもしれない。ちなみに真顔である。)……とりあえず、見た目は大丈夫そう。一応、制服の上からでいいから触ってみて?触ると痛い場合がないとは言えないっしょ。(問題はなさそうに見えるが、念のためだ。様子を探るべくじっと彼を見つめ。)ま、そんなとこ。――3年の白石さんか。先輩だったんだ。今更だけど敬語使ったほうがいい?(いつ来ても快適な図書館は重宝する。相槌をうちながら、彼の自己紹介を聞いていればどうやら先輩だったらしい。散々タメ口をたたいてきたが、直す気はあるので尋ねてみて。)ああ、来てるとおも…………あ。(ふと視線をずらしてみれば、向こうから歩いてくる友人が見えた。ひらりと手を振ってアピールする。恐らくあっちも気づいているだろう。)

映画になったのは10年くらい前だったか…当時はまだ小さかったから全然わからなかったな。高校入ってから観返して初めて理解できた。その…ものすごく駄目な夫の代わりに妻が仕事を始めて、どんどん美しく強かになっていく話なんだ。人によってはイライラする話だろう。(軽く物語の説明をすれば軽く苦笑を浮かべ。)…?(問いかけに返答がないので首だけ見返り彼女の様子を窺う。真顔だったので大きな痣でもあるのかと気になったが、託し上げた制服を彼女の手により降ろされれば制服を掴んでいた両手も降ろして不思議そうに瞬きし今度は振り返って体ごと彼女の方へと向ける。男なので人前で素肌を晒すことに抵抗は無いが女性相手に失礼だったのだろう、少し怒っている様にも感じられる声色で告げられれば)む、そうか。ごめん。(相変わらず無表情なので本当に反省しているのかは計れないだろうけれど。)…特に異常はないみたいだ。(言われた通り背中に触れ擦ること数秒。痛みも違和感もないので頷きながら報告をして。)そういえばそうだな。御門さんは俺よりも背が高いし、しっかりしているから後輩には見えないな。敬語は別にどっちでも…御門さんの使いやすい言葉遣いで良いぞ。(後輩にタメ口を使われる経験はほぼ無かったが、特に不快感など感じなかった。敬語にするかは彼女に任せるとして)…?(言葉の途中で彼女が突然手を振ったので一瞬不思議に思ったが、その先を見ればこちらへ向かってくる人が見えたので、待ち合わせの相手なのだと理解する。)迷惑をかけた上に時間を取らせて悪かった。…行ってらっしゃい。(机に置いた本を再び手に取り、彼女が友人の元へと向かう様に言葉を掛けて緩く微笑んだ。)

ふぅん、理解できて良かったじゃん。ああ、イライラするというか……何だろう?私がその映画の良さを理解するのに苦労しそうってのは分かった。(映画で見るものといえば、アクションやSFが多い。慣れないジャンルの気配を感じれば、肩をすくめて。)別に私とあんたの二人きりならかまわないよ?パンイチまではどうぞって言えるけど、ここ一応は公共の場だかんね。(年頃の女の子が言うセリフかどうかは置いておいて、眉間に小皺を刻んで小言じみたことこぼす。それでも、彼の背中に異常がないということを知れば「そう。なら良かった」と安堵の笑みに変わるのだろう。)あは、態度も大きいし?年上に見られることは割とあるよ。本当?じゃあ、好きにする。白石さんが気のいいひとで良かった。(人によっては、不快に思われても仕方がないことだろう。だが、お許しをもらえた。にひ、と相好を崩す。)怪我、増やさないように気を付けなよ。じゃ、行ってきまーす。(迷惑をかけたという言葉には首を横にふって笑う。それから、ひらひらと片手を振って友人の元へ。「遅い」とぷりぷりしている友人を宥めつつ、予定していたショッピングに向かうことになるだろう――)