(バレンタイン当日、調理実習で作ったお菓子を丁寧にラッピングしたのは午前の事。人付き合いは良い方では無いので渡したい相手もあまりいない。クラス全体が浮足立つ教室内で悶々と悩むのは、秋口にお世話になったあの後輩へ渡すか否か。彼と会ったのはあの日限りなので良くは知らないが、何となく女子からチョコを沢山貰っていそうなイメージがあった。自身からも渡されては迷惑ではないかと考えたのだ。そんな折に背中を押してくれたのは同じグループの女子生徒で、上手く出来たし本命じゃないなら貰って困る物でもない、思い切って渡してこいと一喝された。完全に不安を払拭出来た訳では無いが、渡さなかったら其れは其れで後悔する事も判っていたので放課後彼のクラスへと向かう事にする。ダークブラウンの小さな箱に生チョコを敷き詰め白いリボンを斜め掛けにして。あまり意味は無いがドアを軽くノックして、入ろうとしたらドアが開いた。眼前に居たのは彼その人で、「あ、」と一瞬停止したがすかさず視線を落として手に持っていた箱を差出す。「あの、これ…」と言葉は其処までしか紡げなかったが、きっと彼ならば此の状況を解ってくれる筈。そして無事に彼の手に渡ったのなら、逃げる様に廊下を駆け抜けて行くのだろう。)

(バレンタインの放課後、教室でクラスメイトと談笑していた西野。どうやら待ち合わせまでの時間潰しの相手にされていたようだ…そう気付いたのは、クラスメイトが「時間だから。」と急に話を切り上げたから。別にそれで怒るような性格ではない、むしろ今日という日の理由を考えれば微笑ましく思い。へらりと笑って見送った。――さて、用もない自分はそろそろ帰ろう。教室の扉を開けば、目の前にあった人の姿に驚いて僅かに目を開き。その人が秋口に世話になった女生徒だと気づけばにこやかな笑み浮かべ。)こんにちは、(そういえば差し出された箱。意味を理解すれば嬉しそうに受け取ろう。)ありがとうございますー。(去っていく後ろ姿にはそれしか言えなかった事が少しばかり残念だった。)