(友チョコ義理チョコ作りの名目で調理実習を行ったものの、いざ渡すとなると困ってしまうのがコミュ障の実態であろう。然しこんな機会でも無ければ感謝を伝えられない人がいる。直ぐに思い浮かんだのは以前ショッピングセンターで助けてくれた人。きっと彼は気が付いていないだろうけれど、あの日以来、廊下で姿を見かけるとつい避けてしまっていた。今でも思い出すと悶絶して仕舞いそうになるが、いい加減過去の事に囚われていても仕方が無いだろう。そう云う意味も含めて、義理チョコを渡すという形で清算しようと考えていた。甘さ控えめのガトーショコラを小さな水色の箱へ入れて、上から白いレースを被せてブルーのリボンをクロス掛けにして。午前中に実習は終わったので、昼休みに彼のクラスへと向かう。が、直前で緊張してしまって教室へは入れそうになかった。彼のクラスメイトと思わしき人に如何したのかと声を掛けられたので「…進藤君に、渡してもらえませんか…?」と言うと快く引き受けてくれた。結局本人には渡せなかったが、何とか彼の元には渡った様だ。依頼した生徒に自身の名を伝え忘れたのが心残りだけれど。)

(お昼休みにまったり過ごしていたのは、一部の男たちだけ。この時期になれば自然と周囲がソワソワするというもの。かくいう男はまったり過ごす組みだったわけだ。友人たちと談笑していれば不意に掛けられた声に「なぁに?」と振り向いた。其処に立っていたのは見知ったクラスメイト。渡された水色の箱に)ふふっ、俺は男から貰う趣味ないよ?(なんておどけたのも束の間『金髪の眼鏡の子からだよ!!』とムキにさせてしまったので冗談はこの程度に。しかと受け取れば、その特徴に覚えがあった。きっと先ほどの調理実習で作ってくれたのだろう其れは開かれた箱の中からお目見えしたとき、男に感嘆の息を齎す。この場で食すことはせず、家に帰ってからゆっくりと誰にも邪魔されず味わうことにしよう。)

(──それから一か月。世間ではホワイトデーと呼ばれる日。今度は男が昼休みに彼女のクラスへと向かった。「これ、白鳥さんに渡してくれる?」とドア近くの席の子へ預けて。彼女がクラスの中に居ようと居まいと気付かれぬよう、しーっと唇に人差し指を当て内密に。用意したのはキャラメルホワイトデーBOX。可愛らしいハートの箱に入ったものだ。好みなんて知りもしないから独断と偏見によるチョイスをさせてもらった。さて、名を明かさない代わりにメッセージカードを忍ばせて。それに彼女は気づくだろうか。)

──ガトーショコラ美味しかったよ。ありがとう。──

(クラス中がホワイトデーで騒がしいが自身には余り関係の無い行事だった。調理実習の御陰で誰にも渡さないと云う事態は回避出来たけれど、同学年の彼には差出人不明で渡った筈。誰からも分らない手作り御菓子はさぞ不気味だったろうと思う。今更後悔しても遅いから諦めていたのだけれど。―昼休み、自席で隣席の友人と御弁当を突いていると突然クラスメイトから可愛らしい箱を渡されたものだから一瞬固まってしまった。「あれ、何で…?」と問うけれど彼女は預かった物だとしか教えてくれない。不審に思い乍らも其れを受け取って、添えられたメッセージカードに気付けば再び硬直する。友人から心配そうに声を掛けられる程度には可笑しな表情をしていたのだろう。羞恥なのか喜悦なのか、其の感情は複雑で、ただ頬を染め上げ肩を細めて俯く姿が其処には有った。一つ分かるのは、あの日の心残りは無くなったという事だけ。)