(事件発生。眉を怪訝に顰める男が一人―)

(寮生活で弁当箱を持ち運びする程の几帳面さは持ち合わせていないこの男は、基本的に外食ばかりの日々。今日も変わらない時間に教科書を閉じ、変わらない道のりで食堂へと向かい、メニュー表へ顔を上げること無く「おばちゃんグリンピースと人参抜きオムライス」と一声掛ければお金を渡す。出てきた何時ものオムライスをトレーに載せ何時ものお気に入りの窓際の席を確保し空腹を感じる事もあり、オムライスの香りが鼻を抜けるのは心地よささえ感じた。スプーンを黄色い其れに通した所で、先程までの穏やかな表情は消え静かに裂け目に視線を落とす。)…人参とグリンピース入ってるやん…。(何時も自身の好き嫌いを快く聞いてくれるおばちゃんがそのような嫌がらせをするとは考えられない。誰かのオムライスと取り間違えたのだろうけれど、がっつりと頬張りたいのを抑制されるもどかしさにくっと喉を鳴らす。好き嫌いの多い自身の問題だから、自身に一番の非があることは静かに承諾。一つ一つ人参とグリンピースを取り除く作業に移行するが淡々と長い作業に嫌気が差した頃、グリンピースがひとつコロコロと白いテープルを転がっていくのが視界に入り我に帰る。少々の羞恥心も駆り立てられたが、食べ物は粗末には扱わぬまいとそっと手を伸ばすのだ―)

好き嫌いなんて可愛いですね(笑)

(午前の授業終了を告げるチャイムが鳴り響き、号令を済ませれば教室中が一気に騒がしくなる。勿論自身も例外なくその一人で、隣席の友人と談笑しながら鞄の中に手を突っ込んだ。会話を分断して「あ…お弁当忘れた」と一言。昼休みの食堂は混雑する、今日は一人食堂で済ますよと友人に告げた。普段食堂に来る機会が少ないのでどれにするか迷ったが、結局カルボナーラパスタを選ぶとパスタと水を乗せたトレーを持ち席を探す。矢張り混んでいる、はあと溜息一つ。周囲に目を配りながら歩けば窓際の席が一つ空いているのに気付く。其処へ向かいテーブルにトレーを置くと、緑色の球体が転がるのを捉える。向側に腰掛けた青年が手を伸ばすより早く、ひょいと拾い上げれば「3秒ルール」と呟きにこやかに微笑もう。)相席、良いですか?(承諾を得られても拒絶をされても、何方にせよ座るのだが。皿の隅に緑と橙の塊がある所を見るに、全て除去する心算なのだろう、途方も無い。取敢えず手にした1粒は自身のトレーに乗せておくとして。)良かったら俺のと交換しますか?カルボナーラで良ければ、だけど。

(東宮があと数秒早ければ貴方の手を汚す事にもならなかっただろうに。「三秒ルール」とそう拾い上げ微笑む彼をゆっくり見上げれば、天井から照らす蛍光灯が彼の笑顔を更に割増に眩く見せる。整った顔立ちの人間が微笑むと自分をこうまで違うのか、とネガティブな精神の男はぼんやりそんな事を脳裏に過らせながら、住む世界の違うであろう貴方の手から其れを引こうとした所で彼の言葉に)え…?(と、耳を疑い聞き返した。しかし、彼は自身の有無を聞くまでも無く横にへと腰掛けるのをぼんやり目で追い)絶対、モテるやろ。(初対面から一分経過していない相手を見つめそう静かなトーンで呟く言葉は誂いで無く本心だ)…ありがとう、いや、でもこんなんあげれんわ。俺の気持ち程度の善意がそう言うとる(確かに彼の手元のパスタなら頂けそうだが、余りにも散らかした皿の上を心優しい彼に差し出すには申し訳無い気持ちが勝る。)エエやつやな、名前は…?(自らコミュニケーションをとるのは得意ではないけれど、グリンピースを撤去する作業を続けつつ彼の好意に答え此方も勇気を出し問いかけてみようか―)

(相席を求めた際に彼から発せられた疑問符と同じものを、後に自身も紡ぐ事となる。席に着いた途端に寄せられた聞き慣れない独特の言葉遣いとイントネーション、何より予期せぬ言葉に「え?」と一声。そして空かさず「モテてたら御一人様ランチなんてしませんよ。」と笑いながら応えよう。此の言葉には"御互いに"と云う意味を含むだろう、初対面相手にさり気無く失礼発言をしているのは勿論自覚しているが、そう云う性格なのだから仕方が無い。)そうですか?でも、そうだな…もし俺がそのオムライスを貰ったら、多分全部混ぜるから、貴方の苦労は全くの無駄にはなりそうだ。(気を遣って遠慮してくれたであろう、此方の申し出を断る彼に、くすっと笑ってそんな事を。口ではそう言うが、仮に交換したとして先までの努力を水の泡にする様子を見せるのも気が引けた。)…2年の白鳥。白鳥春樹です、はじめまして。貴方は先輩…ですか?(名を問われれば学年と合わせて素直に答える。単純に身体の大きさで学年を計るのは自身の癖の様なもの、座っていても判る程に彼の身長は高いから。廊下で見掛けた事も無い、初めて逢う彼は恐らく同学年では無いだろうから、上級生という予想だが果して――)

俺もそう思ってたけどちゃうみたいや、変人が多いんやな…(御尤もな意見に見え隠れする意味を捉えつつもその意見には肯定的ではあるが、此方も失礼発言を続ける。しかし皿の上のグリーンピース然りブーメランだが。)……(視線はオムライス、彼、カルボナーラ。オムライス、彼、カルボナーラ―交互に何度か見やった後数秒の間を置いた。朝食を抜いてきた事もあり今すぐにでも皿ごと齧り付きたい食欲と自称善意という穿り出した惨害の残る皿を渡す罪悪感の葛藤の末、行き着いた答えは漸く重い唇を開き) …ホンマにええん?(小首を傾げ、貴方に最終確認を。刹那、―ぐうう、と腹の虫が鳴けば赤面する様子も無く、一拍置いて静かにスプーンを握り気持ち程度グリーンピースを揃えた後「これ、まだ口つけてへんから」と、彼の合図を待たず彼にゆっくり差し出し)白鳥か、ヨロシク。ようわかったなあ…東宮夕汰、ヨロシク(特に面白い事を言える性格ではないから、テンプレの様な挨拶と共に洞察力に長ける彼に感心の言葉を漏らす程度のリアクションしか出来ない。彼が年下という事も少々驚きではあるが、敢えて口にしても相手は興味ないだろうし言われ慣れているだろうという何処と無く後ろ向き思考が脳裏で働く。そして貴方にそれとなく気になった話題を一つ尋ねてみようか)…嫌いなものとか無いん?食べ物じゃなくても

変人?(彼の返答は自身の想像よりも辛辣で、面白い人なのだろうと思わせる其れであった。変人という言葉に反応してくすっと笑う自身の目はまるで「どの口が言ってるの」と言わんばかり。彼ともう少し親しい間柄ならば確実に言葉にしてい筈。―移ろう視線の動きに数秒の間、懊悩しているであろう其の姿に口許を緩ませ乍決断を待つ。苦渋の選択とでも言うのだろうか、おずおずと差出された其れを見遣ると「勿論ですよ」と首肯し、此方も同じ様に差出して交換を。因みに、空腹の音は周囲の喧騒に掻き消されて此方には届かなかった様だ。聞こえていたら突込みの一つでも入れていたかも知れない。)東宮先輩ですね。はい、宜しくお願いします。…いや、単なる勘ですよ。大人っぽい雰囲気だったから。(体躯の大きさで推測したのが実際だが、稍無気力さを感じさせる表情から大人びた印象を感じ取ったのも事実。その印象は必要以上に話さない点からも構築されていると思えた、其処まで来ると最早本質の話になってしまいそうだが。色々思う事はあれど、初対面の相手に軽薄に喋るのも馬鹿馬鹿しいので「大人っぽい」と簡潔に伝えて。すると突然投掛けられた問いに双眸を瞬かせ。)嫌いなものですか?食べ物じゃなくても良いなら…虫だろうなあ。そういう東宮先輩は如何なんですか、食べ物以外の嫌いな物。(ぴん、と人差し指を立てて挙げた其れは食事中の話題には適切で無いと思い「俺だけ教えるのはフェアじゃないですよね?」と笑い乍ら彼に問い返そうか)