歩いても汗かかないから、冬って好きだな。

(クロッキー帳と小さなペンケースを一緒くたに片手で持ち、もう片方の手はスラックスのポケットへ。上履きの踵を踏んでいるから、人気のない廊下に響くのはぽすぽすという情けない足音だけだ。それから、グラウンドのほうでは野球部やサッカー部の声も、とおく響いている。まぶしいくらいの陽光が廊下を透かして、光のカーテンの中にきらきらと埃が舞っている。チンダル現象というんだとか。ふと立ち止まり、明るすぎる太陽を、うっとおしそうに眼を細めながら見上げてみた。やっぱりまぶしくて、目がちかちかする。目に残る残像を追いやろうとふるりと顔を小さくふって、少し乱れた長めの前髪を指でそっと払い除けた。拍子に、ペンケースがするりと手から滑り落ちた。中身は数本の鉛筆と練り消しゴムだから、少年は落ちた音に気付きやしない。)

冬でも走れば汗だくだけどなー!

(「おーい松原、ちょっと授業で忘れ物したから持ってきてくれ」部活の休憩中に2年の先輩からパシられた。なぜ俺が、なんて普通の人なら思うかもしれないが、松原の性格上そんなことは無く二つ返事でOKして、忘れ物をしたという特別教室でブツを回収した帰り。いつもなら走ると教師から危ないと指摘されるが、今は誰もいないので渡り廊下を掛けていた。)…ン?(上級生だろうか、見覚えの無い男子生徒とすれ違いざま、彼の手から何か落ちるのが視界の隅に映った。立ち止まって振り返る。彼はまだ気が付いていないみたいだ。小走りで戻り、彼の手から落ちたペンケースを拾い上げると、とんとんと後ろから彼の肩を軽く叩き)コレ、落したッすよ!(ニカッと目を細めて笑って差出して)

体育以外で走りたくないよ。君は全然そんなことなさそうだね?

(正面から、金髪の男子が走ってくる。夕陽を浴びてきらきらと輝く髪を視界のはしっこに留めながら、やけに派手だな、なんて伏し目がちな視線を持ち上げることもなく歩き続けた。ふいに肩に何かが触れるまでは。)?(声を出さず振り向いた。きらきらが、目の前にいる。)あぁ……ありが、(差し出されたそれを受取ろうと手を出す。生意気一辺倒な十七歳でも一応礼くらいは言えるらしく、素っ気なさはありつつも目を見て礼を──言い掛けて、彼の笑顔が目に刺さって思わず瞳を細めた。)うわっ、キラキラ倍増。(口をついて心の声が出てしまう。取り繕うにはもう遅いと判断したのか、いっそ開き直った様子でペンケースの中身を確認しながら唐突に口を開いた。)優しいんだね?追っかけてくれたんでしょ、急いでたっぽいのに。悪いね。(相手が先輩とも後輩ともわからないのに─少なくとも同級生にこれだけ派手な生徒がいたら気付くはずだからその可能性は排除して─しっかりとタメ語で矢継ぎ早にぽんぽんと言葉を投げ掛ける。これで先程の心の声がうやむやになればいいのだが、はてさて。)

そりゃもう!体使うくらいしか取り柄ねーから!(笑)

(彼の見返り姿に一瞬目を疑った。背丈は松原よりも少し高いくらいなのに、どうしてか女性らしさを感じられた。学校指定の男子制服を身に着けているし、声変わりしてるし、男であることは間違いない…と思う、深く考えないことにして。ただ明らかにお礼を言い掛けて止まってしまった彼には流石に松原もぽかんと間抜け面に。そして続く言葉は予想だにしないものだったのだから首まで傾げて、「えっ、」何が?と続けようとしたが、彼の言葉に遮られて口を噤む。彼の話を無視するわけにもいかないので、投掛けられた言葉に返事をしていこう。)イヤイヤそんな、とんでもねッすよ。別にそンな急いでもねーし。(廊下を走っていた張本人が言えば説得力はないが、今は休憩中だし本当の事だから仕方ない。明るく笑って「だから気にしないでください!」と言ってのけ。)っつーか、手に持ってた物を落として気付かないって、考え事でもしてたンすね。あ、そういやさっきのキラキラって?(会ったばかりの名前も知らない相手に馴れ馴れしく話しかけてしまうのはいつものこと。ついでにさっき気になった発言もちゃっかり覚えていた。彼の考えを汲む能力なんて持ち合わせてないのだから、問う姿に一切の悪気はない。)