|
(夕暮れ時、人通りの少ない道にて)
|
(オレンジに染まる景色の中に、柴犬を引き連れて歩く少年の姿が。首にはレトロなフィルムカメラを提げている。覗き込むファインダーの向こうには、美しい夕焼け空が広がっている。カシャッ、とどこか懐かしいシャッター音が鳴って、カメラを持つ腕を下げると、ふっとつぶやく。)……綺麗だな。(傍らの犬も、まるで夕焼けを見ているかのように、頭を上げ一点を見つめている。)
|
|
この時期って陽が落ちんのもあっちゅー間だよねぇー。
|
(首にぐるぐると巻いたマフラーで顔の半分覆い隠して、イヤホンで塞いだ両耳に届くのはJ-POP。多分、音漏れはしていないけれど。その音量は周りの音をも遮断するほどの騒々しさを以て、後閑の鼓膜を揺らす。冬の寒さにご機嫌とは言い難く、然りとて時折無意識にフレーズを口ずさむ程度には平生と変わらない調子でバイト先であるコンビニへの道を進んでいた、のだけれど。前方、その場に立ち尽くしている様にも見える姿を見つけたのなら片耳のイヤホン外しつつ無防備な彼の背後から、そうっと声をかけるのか。)なぁーに、黄昏てんの?それとも撮影中?てゆか、犬の散歩の休憩中だったり?(首にぶら下がるカメラの存在を視認しては思いついたまま、ゆるゆるとした口振りで見ず知らずの相手に対して些か馴れ馴れしすぎる問い掛けを重ねた。)
|
|
昼が短いと損した気分になるんだよね
|
(何も考えていなかった。気付けばただぼーっとしていた。と、ふいに声を掛けられ、元の世界に連れ戻されたかのように、少しびくっとして振り返るとそこには――はて、こんな人はクラスメイトにいただろうか?聞き覚えのない声、さらに顔半分はマフラーに隠れている。訝しげな顔をしつつ、戸惑いで回りきらない頭。とりあえずは質問に答えるべきか。)……えっと、犬の散歩と、写真、撮りに……てか、誰…?(傍らの犬は、飼い主の怪訝そうな様子も気に留めず、楽し気にシッポを振りつつ「ワンッ」と吠えるのだった。)
|
|
えー、なんで損なの?夜長い方が楽しくない?
|
あっは、ごめぇーん。驚かせちゃった?(てへぺろ〜、なんて悪びれなく笑っては口許覆うマフラーを少しだけ下にずらした。あっためるのは時間がかかるのに、冷えるのは一瞬で。「ちょーさむいねぇー。」と世間話のように声を落とすのか。)へぇー。わんこ、名前はなんてーの?(尻尾振る犬の様子にぱっと表情緩めては目線合わせるようにしゃがみ込んで、)撫でてもヘーキ?噛む?ってゆーか、このわんこ。犬種なに?(矢継ぎ早な問い掛けを重ねていくばかり。然りとて、彼の疑問もきちんと聞いてはいたらしく。犬から視線を彼へと移す様に、しゃがんだ体勢変えず見上げたのなら、)あんね、オレあっこにある高校。雛ノ森の2年、後閑ってーの。後閑遼。そっちは?(ゆるり、傾ぐ首。見覚えがないのは此方も同じ。だけれど、初見であることを全くと気にしていないのは図太さ故か。)
|
|
暗くて何もできないじゃん、星は綺麗だけど…
|
(よくしゃべるなぁ、なんて、少し羨ましさに似た感情を抱きながら、彼の質問に答えようか。)ハナ。柴犬。(雛ノ森、と聞いて、怪訝そうな顔の曇りが晴れ、どこかしら少し気を許したような面持ちになり。)俺も、雛ノ森。3年の久藤優。(”普通”はここで、「奇遇だね!同じ学校なんだー!」とか言って盛り上がるところなのだろうか。どうも自分には会話の膨らませ方が分からない。なんて悩んだが、ふと、この人通りのない道に彼がやってきたことを疑問に思い。)こんなとこで何してんの?俺が聞くのも、変、だけど…。
|
|
ふぅーん、……星?天体観測とかしてる系?
|
ハナ。へぇー、かわいー名前してんだね。名付け親はアンタ?(じいっと犬の目を見て緩く笑っては、手の甲をそっと差し出してみる。先の様子からは警戒心の強い犬ではなさそうだとの認識だけれど、さて。)まじでぇー。ここで学校の人に会うとか思わなかったわ。久藤サンね、てか3年ってことはセンパイじゃん。(あらら、と小さく零れた声。「しっつれーしましたぁー。」なんて謝罪は軽過ぎて伝わり難いかもしれないけれど、馴れ馴れしい態度を取ったことについてのものだった。)ここ、通り道なんですよねぇー。オレのバイト先。あっちにあるコンビニなんですけど〜、センパイってコンビニとか利用します?(すっと持ち上げた指先で進行方向を指差した。通り道なだけでまだもう少し距離があるとなれば、コンビニの外観すら見えはしないだろうけれど。)
|
|
天体観測とか、してみたいな。道具持ってないけど。
|
(手の甲を差し出されたハナは、また嬉しそうにシッポを振りながら、くんくんと彼の手を嗅いだ。相変わらず人懐こい。)いや、名前はばーちゃんが付けたんだ。(彼の軽い謝罪を聞き、「別に」と短く返事をする。一見すると不機嫌そうに受け取れる返し方だが、実際は特になんとも思っていないだろう。感情が素直に表に出ない、それが優である。彼の指さす方にコンビニを探しながら、)へぇ、バイトしてるんだ。コンビニは行くよ、たまに。買い物はほとんどスーパーだけど。(遠くまで目を凝らすが、コンビニらしいものは見当たらない。ということは、ここからまだ少し先にあるのだろう。と、ふと心配になり、)時間、大丈夫?
|
|
んー……プラネタリウムとか展望台行くといーかも?
|
(揺れる尻尾、そして近付く鼻。ゆっくりと、驚かせないように手を動かしては「ハナはかわいーねぇー。」なんて頬緩めて喉あたりを指先だけで撫でるのか。)ばーちゃん。そーなんですねぇー。久藤サンは毎日こーやってハナのお散歩してるんですか?(短い返答に然れど何を思うでもなく、体勢が故に見上げるように彼を視界に捉える。)そーですよ、放課後はコンビニで。休みになるとゲーセンでバイトしてまぁーす。久藤サンはバイトとかしてないんですか?……スーパー?あー、まぁコンビニよりはスーパーの方が安いですもんねぇー。品揃えも意外とスーパーのがよかったりしますし。(うんうんと頷いては彼から飛んできた問い掛けにぱちり、瞬いた。ポケットから携帯を取り出してディスプレイの時間を確認したのなら、)………まだヘーキですけど、遅刻したらやっばいんでそろそろ行きますねぇー。学校おなじだし、またどっかで会ったら構ってください。ハナともまた会えたらいーな。(ゆるゆると双眸緩めて最後に懐こい犬を一撫で。それから立ち上がって彼と視線を合わせたのなら「まったねぇー、久藤サン。」なんて紡いでから歩き出すだろう。思い掛けない同校のセンパイとの時間にほくほく顔の男の足取りは軽かった。)
|
|
……!後閑、それだ。
|
ハナ、よかったな(撫でられて嬉しそうなハナに、思わず口元が緩んで。)そうだよ、散歩は俺の役目だから。(自身もハナの背中を撫でながら顔はほころんで、うっすらと笑みが浮かんだ。バイトを掛け持ちしているという彼に、少し驚いたような表情で、)へぇ、掛け持ちしてるんだ。じゃあ、忙しいだろ。…俺はバイト、してないんだ。ばーちゃんがスーパー派っていうか、うん、安いしね。(ハナもお別れの時間だと悟ったのか、一撫でされると「ワンっ」と一声。)ああ、また会ったら、よろしく。後閑。(左手はカメラを支えている。リードを持つ右手で手を振る。リードがゆらゆらと揺れる。夕日はあっという間に暮れ、薄暗くなってきた。さて、そろそろ祖母の待つ家へ帰ろうか――。)行くよ、ハナ。
|